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「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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  ★ プロフィール
HN:
matsuZACK
年齢:
56
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2017/10/09 (Mon)
今日は少し暑くなっていますが、
秋が深まってきた今日この頃です。

読書の秋とはよく言ったもので、
過ごしやすい気候になると、
創作意欲が増すのか、
文化的な活動に熱が入るようになります。

そんな私の趣味といえば…

まずは、
もはや趣味の域を超えた感のある「音楽」

これは、
聴く、
見るだけでなく、
弾くも作るもありなので、
それこそ、
「音楽」全般と言えるでしょう。

次に、
小さい頃から好きだった「鉄道」が来ます。

これも、
乗る、
見るだけでなく、
鉄道模型などを作る、
集めるも含まれるので、
「鉄道」全般と言えるものです。

ただ、
よく考えると、
「鉄道車輌」が好きなようで、
あくまでも、
好きな車輌に乗る、
車輌を含めた景色を楽しむ、
そして模型…ということで、
正確には「鉄道車輌」ということになると思います。

それから、
3番目の趣味としては、
鉄道も含まれる「模型」関連で、

これは、
鉄道以外では、
戦車や戦闘機といった、
いわゆるミリタリーものを、
作る、
修行僧のように作る、
そして技術を究める…
「音楽」と同じように、
趣味という一言では終わらない世界になっています。

それにしても…
アウトドアは全くなく、
完璧なインナー派であるところがオソロシイ…(笑)

そんな私が最近、
第4の趣味としてハマっているのが、
「日本酒」です。

もともと、
日本酒は好きな方だったのですが、
年齢を重ねるにつれ、
この傾向が強くなり、
仕事で地方に出張すると、
珍しい地酒を探し、
気に入ると、
仕入れるルートを探し、
自宅に確保するまでになってしまいました。

日本酒はワインと同様に、
全国に数え切れないほどの銘柄が存在し、
味や香りも千差万別。
好みのものに出会えた時の感激には、
また格別のものがあります。

ずっと、
乱読ならぬ、
乱飲を続けていたのですが、
(飲んだくれていただけ…)
最近になって、
その分野の知識を得て分析してみたところ、
好みに一定の偏りがあることに気づき、
いっそう興味を抱いたところです。

地域では、
山口県、
石川県、
そして長野県のものを好み、
(京都文化の流れを汲んでいる地域のようです)
有名どころは外し、
(反主流派…ストーンズ・ファンなので…)
山廃や生酒のようなトンがった味ではなく、
柔らかくフルーティな香りを好むとは、
(女性的な好みらしい)
「音楽」とよく似た傾向と言わざるを得ません。

例えば、
山口県では、
「獺祭」は外して、
「五橋」と「東洋美人」を筆頭に、
地元以外ではあまりお目にかからないものとして、
「長門峡」とか…

石川県でも、
「手取川」は外して、
「加賀鳶」と「天狗舞」

長野県では、
「真澄」もいいけれど、
「水尾」「十六代九郎右衛門」
あまりお目にかからない「夜明け前」
といったように、

小売店で酒を扱っている人と話すと、
「よく知っていますね」
と言われるほど、
マニアックな領域に入ってしまったようです(笑)

趣味は自分探し、
と言われることがありますが、
「日本酒」であっても、
凝れば凝るほど、
やはり自分という存在が強く出てくるようです。

まぁ…趣味とはいえ、
あまり度を越すと、
健康上よろしくないので、
くれぐれも、
飲み過ぎないように気をつけておりますが、
秋が深まると、
ますます酒の味が良くなるようで、
ついつい量が増えてしまいます。

ああ…今週は健康診断でした。
一年間の反省をしなければ…(笑)
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★2017/10/01 (Sun)
昨日、
2017年前半の朝ドラ、
「ひよっこ」が完結しました。

朝ドラを見るなどということは、
失業して家にいた、
2003年以来、
ひさしぶりのことですが…
(このときは、中越典子さんがCAの役をやっていました)

かつて、
これほど熱心に朝ドラを見たことはなく、
来週からは楽しみがひとつなくなった感じがして、
少々さびしい気分です。

朝ドラを見るといっても、
毎朝その時間帯には、
もう勤め先の近辺(物語の舞台、赤坂あたり)にたどり着いていて、
出張先のホテルでもない限り、
平日にリアルタイムで見ることはできません。

したがって、
毎週土曜日にBSで放送されている、
一週間分の再放送を見ていたのです。
(毎話に主題歌が流れるのが少々ウザイのですが…(笑)

そんな「ひよっこ」ですが…

最初の頃はそれほどで熱心ではなかったのですが、
ヒロイン(みね子)が集団就職で上京したあたりから、
毎週(つまり毎話)欠かさず見るようになったのでした。

なぜか?と言えば…

お父さんの失踪はさておき、
演出がたいへんリアルに感じられたからです。

私もかつて、
会社の学卒採用の部署にいたことがあり、
(1980年代中盤から後半)
みね子たちのような、
未成年の新入社員の面倒を見たことがあります。

寮生活や勤務先でのトラブルなどを、
たくさん処理した経験があったから、
このへんの内容に共感する部分が大きかったのです。

みんな、
様々な事情で東京に来るわけですが、
何か目標がある子は稀で、
多くは何をしたらいいのかわからず、
毎日の生活に流されながら、
それでも必死に何かをつかもうとしています。

みね子のように、
自分の居場所を見つけることができ、
とりあえず幸せな結婚にたどり着けばまだよい方で、
失意のまま故郷へ帰る子や、
堕落した生活を送り、
数年後には別人のように変貌した姿を見せる子を見ると、
胸が痛くなったものです。

東京で生まれ育った私は、
そのたびにいつもこう思うのでした。

「そんなにまでして、東京に来なければいいじゃん…」

しかし、
彼女たちの気持ちは、
そうではありません。

事情はあるものの、
とりあえず、
東京にやって来るのです。
それぞれが、
夢や希望に胸を膨らませており、
そこはやはり…
花の都、東京なのです。

この辺りのくだりが、
「ひよっこ」では、
実に丁寧に描かれていました。
(毎朝完結、週間でテーマ選定、の強みですね…)

で…私は引き込まれてしまったわけです。

そして、

そんなフツーの女の子を、
完璧なまでに演じ切ったのが、
主演の有村架純さん。

見事でしたね…
見事としか言いようがないが、
この存在感はたいしたものです。

ただ笑顔で頷くだけで、
セリフがなくても、
画面のこちら側へ届く感情…

大女優のオーラ、
と言ってもいいかもしれません。

SPECにチョイ役(竜雷太の愛人の婦警役)で出ていた時から、
注目はしていましたが、
ここまで成長しているとは、
正直なところ驚きでした。

そして、
私以上に、
みねこと同じような経歴をもつ、
日本中の女性たちが、
彼女の一挙手一投足に共感を覚えたのでしょう。

珍しいですよね…
アンチ・ヒロインというか、
派手さや特別感のないヒロインが、
ここまで注目されるなんて…

放送の最後の方で、
50年後の未来…つまり、
2017年…今の生活を空想するシーンがありますが、
車は空を飛ばず、
月に旅行にも行かず、
当時とあまり変わらない生活がここにあるわけで、
これは少し、
当時の人たちからすると、
予想外なことなのではないでしょうか。

ただ…

ときどき実映像で、
時代背景が紹介されることがありましたが、
これを見るたびに、
上り坂の社会で、
希望を持って生きていた、
当時の人たちの方が、
現代人よりも、
数段シアワセだったのでは、
と思うことがしばしありました。

「ひよっこ」を見ていると、
私たちは、
何か大切なものを、
時代の彼方に置き忘れてしまったのでは?
などと思ってしまいます。
★2017/09/24 (Sun)
幕末〜明治維新を
再検証する動きが盛んなようで、
本屋さんに行くと、
たくさんの書籍が棚に並んでいます。

私もかなり以前から、
この分野に興味を持っていましたが、
多くの書籍が“週刊誌的”な印象で、
数ページを立ち読みすると、
それ以上読む気にならず、
購入に至りませんでした。

ところが、
この一冊は違いました。

『明治維新の正体 鈴木荘一著(毎日ワンズ刊)』

著者は近代史研究家で、
いわゆる“週刊誌的”な部分がなく、
あくまでも客観的な事実のみで、
歴史を再検証している点に感心しました。

そして、
幕末~明治維新に至る、
最大のポイントを水戸藩の尊皇思想に置き、
ここから始まり、
ここで終わったとしている、
終始一貫した論の展開にも共感できました。

本当の意味での尊王攘夷思想を特定し、
その他大勢については、
個人的な利害に支配されていたか、
単なるテロリストに過ぎなかったか、
そのいずれかに分類し、

徳川慶喜を、
先見性のある政治家としているものの、
水戸藩出身であり、
その尊皇思想ゆえに、
中途半端な幕引きになってしまった、
としているのです。

さらに、
黒船来航以降、
日本にやってくる諸外国については、
当時のそれぞれのお国事情を詳しく解説し、
なぜ日本にこのような対応をしたか、
その背景を明らかにしています。

そして、

そんな明治維新に関する内外の事情が、
その後、
太平洋戦争にまで強く影響を及ぼしている…
つまり、
明治維新のモヤモヤが、
太平洋戦争を起こした、
としている点が興味深く、

著者があとがきで、
本書の中でただ一ヶ所だけ、
私見を述べた部分、
日本人は、
戦後にGHQから民主主義を授けられたとして、
先人が独力で確立した万民平等の思想と
大正デモクラシーの精華を忘却してしまっている、
という見解と共に、

著者が本書で訴えているのは、
単なる歴史の再検証ではないことに気がつきます。

村上龍さんが、
その著作の中で、
もし太平洋戦争を継続していたら、
という仮説で物語を展開していましたが、

本書を読むと、
もし徳川幕府が政権を継続していたら、
という仮説で、
その後の時の流れを想像することができます。

そこに太平洋戦争の悲劇がなかったとすると、
ここには重大な発見がある、
ということになります。

日本の隣国で、
軍事緊張が高まる中、
過ちを止めるには、
過去を正しく振り返ることも必要だと思います。

歴史は勝者の都合のよい形で、
後世に伝えられる…
まさにその通りです。
★2017/09/18 (Mon)
今日は LOOSE CONNECTION のリハがあり、
2015年の9月に私のところへ輿入れして以来、
一度も外の世界に触れさせたことのなかった、
フライングVを連れて行きました。
(2013年 ギブソン・マスタービルダー 1967年モデル)

最近は年齢のせいか、
ようやくレイドバックというか、
自身のルーツに近い音に落ち着いてきたのですが、
このフライングVが「今年は私の出番です」と、
いつになく強く主張してきたので、
このような運びとなりました。

横で、
バッカスのストラトが、
少々不満そうな顔をしていましたが、
そこはうまく話しをつけたようです。
(注:筆者は薬物でラリっているわけではありません…)

果たして彼女(フライングV)は、
こちらがアタマに描いた音像通り…
例えるならば、
ウエイン・パーキンスみたいな音で…
それは優雅に鳴いてくれたのでした。

うわーっ、
やっぱりマスタービルダーだ。

なによりも、
今のバンドサウンドにぴったり合っているのが素晴らしい。

我が家には、
殿のお渡りを待つギターたちが、
最高の出番を探しているのですが、
今年はどうやらこの娘のようです。

なぜか、
とつぜんジミヘンが下りてきた殿は、
フェンダーのジミヘンモデル
(モンタレー仕様のペイント)
に手を出しそうになったのですが、
身近にジミヘン使用のモデルがあることを、
すっかり忘れておりました。

こうして私は、
愛器たちとコミュニケーションをとっているのでした。


★2017/09/10 (Sun)
レゲエに対する最大の誤解は、
あれが民族音楽だと思われている事である。
レゲエはジャマイカで伝統的に継承されている民族音楽などではなく、
ロックよりも新しいジャマイカの大衆音楽なのだ、
と説明すると、
たいていの人はびっくりする。
(中略)
レゲエは、
アメリカの放送局から流れてくる
ロックなどに影響を受けて生まれた音楽スタイルなのである。
(「ロックは語れない」渋谷陽一著より)

イギリスでは、
アイランドレーベルが中心になって、
1970年代前半からレゲエに代表される、
ジャマイカの音楽が紹介されていました。

まずはホーンがメインのスカから始まり、
その後レゲエが広まったのですが、
今でいうクラブミュージックに近い感覚で、
最先端のファッションと捉えられたようです。

その後1980年代に至り、
音響技術の発展を受け、
バンドサウンドにエコーやフランジャーをかけ、
トリップ感を増幅させたダブを生み出すのでした。

ローリング・ストーンズが初めて、
ジャマイカのキングストンでレコーディングをした作品は、
『山羊の頭のスープ(Goats head soup)』で、
1972年の後半のことです。

しかし、
同アルバムと次の『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』では、
その影響はまったく感じられず、
その次のアルバムである『ブラック&ブルー』(1976年)に至って、
レゲエなど中南米の音が感じられるようになります。

その後、
『アンダーカヴァー』(1983年)で再び、
ダブの手法を取り入れるなど、
中南米寄りのサウンドを大幅に取り入れる事になるのです。

私が『ブラック&ブルー』という作品を、
数多いローリング・ストーンズのアルバムの中で、
もっとも好きなアルバムとしていることは、
何度もお話ししていますが、
他のアルバムと比較すると、
明らかに違うポイントがあることに気がつきます。

それは、
都会的とでもいいましょうか、
ファッショナブルといえば適切でしょうか…
洗練された雰囲気が全体を支配している点です。

これがどこから来たものか、
長年わからなかったのですが、
最近になって、
もしかしたらレゲエの影響では?
と思うようになったのです。

レゲエそのものを取り上げているのは、
「チェリー・オー・ベイビー」だけですが、
ファンクチューンといわれている
「ホット・スタッフ」のパーカッションにも、
中南米の香りがするし、
「ヘイ・ネグリータ」も同様です。

このスパイスが、
「メモリー・モーテル」にも感じられるし、
「愚か者の涙」は歌詞にそれが感じられます。
(俺には、貧民窟に住んでいるオンナがいて、というあたり…
キースの妻だったアニタが、
キングストンに住んでいたことを指していると思われる)

さらに、
ここで素晴らしいギターを披露している、
ウェイン・パーキンスは、
ボブ・マーリーのデビューアルバムをイギリスで発売する際に、
ピーター・トッシュのパートを差し替える役目を果たした人です。

となると、

私が『ブラック&ブルー』に感じている、
洗練された雰囲気の出所は、
レゲエに代表されるジャマイカの音楽、
ということになります。

たしかに…

そういう視点でこのアルバムを聴くと、

アルバムの最初の音である、
「ホット・スタッフ」のイントロのギターが、
レゲエのレコードでよく聴くトーンと
特有のリズムのハネ方をしていることに気がつきます。

『ブラック&ブルー』は、
1974年から75年にかけて、
各地で分散して録音されていますが、
ジャマイカで最先端の音に触れ、
それが作品に表れるまでの熟成期間とすると、
妥当な線だと思います。

『ブラック&ブルー』の路線で、
もう1枚ぐらい作ってほしかったのですが、
次の『サム・ガールズ』は期待を裏切って、
当時のロンドンを席巻していた、
パンクロックに寄ってしまいましたから…ねぇ。

つまり、
ローリング・ストーンズって、
流行や最先端の音に、
非常に敏感に反応しているのです。

やはり…偉大ですね。

そして結局、
原点に戻ってくる私でありました。

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★ ILLUSTRATION BY nyao