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「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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  ★ プロフィール
HN:
matsuZACK
年齢:
56
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2018/10/07 (Sun)
正直なところ…

先週、
仕事で訪問するまで、
私も把握しておりませんでした。

山陰地方は、
交通事情を考えると、
博多を擁する九州や、
札幌を擁する北海道より、
関東からは疎遠なのかもしれません。

ということで…

鳥取県に初上陸しました。

木曜の夜に、
鳥取砂丘コナン空港(なんじゃこの名前は…)に着き、
会食などをしてから鳥取市内のホテルに入り、
翌朝になって、
早い時間に目が覚めてしまい、
何気なく外の景色を見たところ…

あ…ホテルの横が線路だったんだ。
これは山陰本線?



そうです。
日本の幹線と呼ばれる路線の中で、
唯一電化されていないのが山陰本線です。

しかも、
今しがた通過した列車を見ると…
(画像ではかなり小さくなっていますが中央付近に注目!)

ああ…これは、
国鉄末期に登場した首都圏色…
朱色に塗られた気動車だ。

中国地方だから、
キハ47か?
関東や東北ではほとんど見かけないタイプだ。

これで、
ゆうべ遅くまで飲んでいた酒が、
一気に飛んでしまい、
6:30に、
朝食会場がオープンすると同時に
そそくさと食事を済ませ、
ホテルから徒歩5分ほどの距離にある、
鳥取駅へ向かったのです。

時間帯はちょうど、
朝の通勤・通学のピークで、
比較的短い間隔で列車が発着しています。
しかも、
お目当のキハ47だらけ…

ここは、
昭和50年代の国鉄の風景では?



キハ47は、
昭和40年代に、
通勤用気動車として開発された一群から派生した形式で、
両開きのドアが特徴です。



今では大半は西日本…
それも中国地方に集結しており、
大半はその後の塗色変更で、
ヴァラエティ豊かな外観になっているものの、
山陰本線には国鉄時代のまま残っている車両が多く、

今回も、
ホーム4線のうち3線が、
旧塗色のキハ47という、
奇跡のような光景を目にすることができました。



これは奇跡だ。

(朝の忙しい時間帯に、
スマホ片手に入場券でホームに入り、
あっちでパシャ、
こっちでパシャっとしている初老の男は、
鳥取県の高校生たちの目には、
何者?と映ったことでしょう(笑)

余談ですが…

大量の画像を収め、
満足げに改札を出ると、
開店したばかりの県産品ショップがあり、
これまたフラッと立ち寄ったら、
ゆうべ飲んだ地酒が置いてあるではありませんか。

ラッキー!とばかりに購入したのですが、
その日、
帰りの空港を含め、
二度とその地酒にはお目にかかることがなかったので、
本当にツイていた、
としか言いようがありません。

それにしても…

この光景がいつまで続くのかわかりませんが、
21世紀も18年過ぎたこの時点で、
大量の旧国鉄色気動車にお目にかかるとは…

出張からありがたい恩恵を受けることもあるようです。

↓相変わらず、先頭車両同士の連結面が好きだ…



↓キハ47の他には、特急用のキハ187や



↓第3セクター智頭急行の気動車などで賑わう



やはり、気動車は旧型がよろしいようで…
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★2018/08/20 (Mon)
今年も旧盆の後、
8月16日から本日まで、
夏休みをいただきました。

で…
これまた、
ここ数年の恒例になっている、
夏の後半に温泉に行くという企画を、
今回も実施したのでありました。
(ちなみに、昨年は長野県の野沢温泉でした)

今年はどこへ行ったかといえば…

カミさんの実家に帰省したついでに寄れる場所、
という設定で、
宮城県は鳴子温泉に白羽の矢が立ったのです。

鳴子温泉は、
東北新幹線の古川(盛岡方向で仙台の次)から、
山形県の新庄に抜ける、
陸羽東線(ヘヴィな名前が郷愁を誘いますなぁ)に乗り換え、
1時間弱のところにある温泉で、
東北3大名湯の一つに数えられています。

また、
ここは「こけし」の発祥地としても有名で、
今でも多くの名工が腕を競っているのです。
(ギターといい、こけしといい、
どうも最近は職人に縁があるようですね)

ところで、
この鳴子温泉ですが、
私は中学1年の夏休みに、
一学期の終業式の日を休んで、
(つまり7月20日から)
4泊5日で訪れたことがありました。

母方の伯父が、
鳴子温泉に新しくできたホテルの支配人だったので、
遊びに行ったのです。

当時は、
新幹線は開通しておらず、
東北本線の特急で、
上野から小牛田まで行き、
そこで陸羽東線に乗り換えました。
(確か小牛田まで、4時間30分ぐらいかかりました)

今回、
乗り換えで使った古川は、
その頃は陸前古川といい、
路線の一駅でしかありませんでした。

また、
当時は東鳴子、鳴子と呼んだ駅が、
今では、
鳴子御殿湯、鳴子温泉という名前に、
変わっていました。

何しろ、
私が中学1年の夏休みといえば、
1974年です。
今から44年も前…
およそ半世紀も昔のことになります。

自分で計算して、
自分で驚きました(笑)

とはいえ…

陸羽東線の車両が新型の気動車に変わった以外、
沿線の風景がほとんど変わっておらず、
前述の、
鳴子御殿湯と鳴子温泉の駅の雰囲気も、
私の記憶に残る当時の姿のままで、
こちらにも驚いてしまいました。

半世紀変わらない風景と、
おそらく、
半世紀ほとんど変わっていない、
温泉とこけしの町…

まるで、
タイムスリップしたような気分になりました。

最近、
どこの観光地に行ってもお目にかかる、
海外の方の姿もほとんどなく、
ここには、
古き良き日本が残っていたのです。

いや、
久しぶりで、
風景に癒されました。

そして…

中学時代から半世紀近く経つのに、
まったく自覚がないというか…
おそらく、
当時とほとんど思考回路や価値観が変わっていない、
自分に笑ってしまいました。

うーん、
また行きたいなぁ。

みなさんにもオススメしておきましょう。

↓新庄方向から鳴子温泉駅へ入線する「リゾートみのり」



↓鳴子温泉駅には川と山が寄り添う

★2018/07/22 (Sun)
震災、
そして記録的な豪雨の後は、
酷暑がやってきました。

これでもかというほど、
天災に見舞われて、
我が国はどうなってしまうのだろうか?

どこに住んでいようと、
平常時から、
急な災害に対する備えをしておく必要がある、
と考えているのは、
私だけではないでしょう。

それよりも、

地球温暖化と言われてから、
久しくなりますが、
あと数十年もすると、
夏場は防護服なしでは、
外出できなくなってしまうのではないでしょうか?

凶器のような太陽と紫外線…
世も末です。

こんな日は、
冷房の効いた部屋で、
音楽を聴いたり、
ギターを弾いたりしようと思っても、
陽気のせいか、
なかなかヤル気にならず、
終日グタグタと過ごしてしまいます。

そして主食が、
アイスクリームと枝豆とビールでは、
もはや生き延びることは難しいかもしれません(笑)

何か目標を定めて、
せめて気持ちだけでもシャキッとしないと、
脳も温暖化してしまいそうな、
今日この頃です。

つまり…
ブログに書くことも思いつかないのでした(笑)
★2018/07/16 (Mon)
東海道・山陽新幹線のホームで、
列車の発着時に、
「銀河鉄道999」(ゴダイゴ)の
メロディが流れるのですが、

ピアノで演奏されると、
コードの美しさが強調されて、
とてもイイ感じです…

が…

今回のテーマはそちらではなく、
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にちなんだもので、
耳の調子が悪かった時期に、
読んだ本のタイトルです。

門井慶喜氏による、
第158回直木賞受賞作であります。

宮沢賢治の作品には、
何度となく触れており、
一時期ハマっていた、
夢枕獏氏によるSF小説
(「上限の月を喰べる獅子」)
のテーマにもなっていたことから、
その生涯についても、
それなりに知っていたつもりでしたが、

これほど精緻に、
彼の生涯を記した作品に出会ったことがなかったので、
スラスラと読むことができました。

鉱石に興味を持った少年時代や、
農学校を志望するに至る経緯…
そもそも私は宮沢賢治を、
農業を営む人と思っていたので、
質屋の長男だったというのが驚きでした。

とにかく、
生活能力というか、
社会に適応するのが難しかった、
彼の人格形成に関する記述には、
興味深いものがありました。

とはいえ…

この作品の主人公は、
賢治ではなく、
彼の父なのです。

父親という存在が、
家庭においてどういう立場で、
子供たちにどう接するべきなのか、
自問自答を繰り返す賢治の父が主人公です。

この父親の自問自答がおもしろいというか…
「そうだよなぁ」と共感するところが多いのが、
じつはこの作品の最大のポイントなのでした。

先代から受け継いだ家業を守り、
次の代へ譲る…
生計だけでなく家系を守る存在であり、
妻や子供たちに対しては、
優しいだけでなく、
いつも威厳を持って接しなければならず…

父親というのは、
なかなかたいへんなのであります。

とくに、
賢治という、
既成概念が当てはまらない、
言ってしまえば規格外の息子に対しては、
接し方がわからず、
いつも戸惑っているばかり…

溢れるほどの愛情を持ちながら、
いつも空回りしているのです。

ところが、

そんな賢治に文学という表現手段を勧め、
文学作品を通じて、
その本質を理解できるようになることで、
規格外の息子と、
うまく接することができるようになります。

そればかりか、
若くして、
しかもほぼ無名の状態で、
この世を去った息子の作品を出版するのです。

これにより、
賢治の作品は文壇から評価され、
後世のその名を残すことになります。

つまり結果として、
賢治の父は、
彼の人生を導き、
最大の理解者であり、
そして息子の名前を後世に残した、
偉大なる父親であったわけです。

この父がいなければ、
宮沢賢治の名前は、
一部の人の記憶にしか残らなかったかもしれない、
そう考えると、
これはスゴイことであります。

「銀河鉄道の父」は、
父親という存在を通じて、
宮沢賢治という存在が描かれている、
一粒で二度美味しい的な(笑)作品でした。

そのどちらをメインテーマととるかは、
読者次第だと思いますが、
今の私には、
父親という存在を語る部分がメイン、
と思えて仕方ないのです。

酷暑の折、
「銀河鉄道」というタイトルから、
ささやかな涼感を得ていただければ幸いです。

暑いですなぁ…
★2018/06/24 (Sun)
先週の日曜日はなぜか、
このページを更新することができず、
本来であれば先週にアップしていた記事を、
一週遅れでアップしています。

以前からここで取り上げているように、
毎年6月の第三土曜日は、
高校のクラス会となっております。

今年は、
担任の先生だった方が喜寿を迎えられるというので、
そのお祝いを兼ねたのですが、

ご当人は、
喜寿を迎えてますます意気軒昂としており、
世の中は知らないことばかりで、
興味は尽きないとのこと…

まったく頭の下がる思いです。

さすがに、
常勤の仕事はなくなったものの、
ある生物の研究を通じて、
子供を通じて地域に貢献して入る姿は、
アクティヴシニアの手本のようであります。

昨夜の会話の中では、
高齢も未知の世界だから、
どこまで今のままでいられるか試してみようと思うのです、
という言葉が印象的でした。

私もそろそろ、
人生の次のステップに入る準備をしなければ、
と思っているところだったので、
このような話を聞けたことに感謝です。

セカンドライフは、
それまで関わってきたことは残しつつ、
一つ新しいことに挑戦するとよいとは、
いろいろな方が言っていることではありますが、

さて、
私は何に挑もうか…

しばらく考えてみることにします。
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★ ILLUSTRATION BY nyao