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「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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  ★ プロフィール
HN:
matsuZACK
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2020/06/21 (Sun)
先週NHKの地上波で放送された、
「ストーリーズ 
誇り高き悪魔 KISSジーンシモンズ」は、
以前BSで放送されたものを再編集し、
昨年12月の来日公演時の取材を中心に、
ビジネス面にスポットを当てた内容になっていました。

グッズ販売というスキームを成功させ、
ミュージシャンのキャラクター化を実現させた
KISSですが、
ここでは、
ジーン一流の人生哲学が垣間見られました。

アメリカという、
非常にシビアな社会の中で、
メジャーになり、
その地位を維持し、
半世紀もの間それを継続させることは、
並大抵なことではなく、
ジーンのコメントの一つ一つは、
おそろしく説得力に溢れております。

ROCKもその初期の頃は、
ミュージシャンは素材丸投げで、
後は野となれ山となれ的な雰囲気がありましたが、
ジミヘンやジャニスの悲劇の後、
ビジネスとして確立されていきました。

巨大化するROCKビジネスに対する
アンチテーゼであったはずの、
パンクロックでさえ、
イギリスに渡った段階では、
ビジネスに変化していたのです。

そのビジネスの裏側は、
映画『ボヘミアンラプソディー』でも
描かれていましたね。

とにかくまず売れることが前提で、
多くの人に知られなければ、
何を主張したところで、
どんなに素晴らしいことをやったところで、
それは知る人ぞ知る存在で、
終わってしまうわけです。

とくに、
アメリカは自由主義という名の
格差社会だから、
ポッと出の素人がのし上がるには、
かなり難しい環境で、

1970年代後半から80年代にかけて、
成功したミュージシャンの多くは、
誰かメジャーなミュージシャンに発掘され、
バックバンドやスタジオを経験し、
ROCK特有のビジネスマナーを習得しています。
(ビジネスマナーと同様に、
ミュージシャンとしての基本テクニックも…)

そこがないと、
ヒット曲を出したものの、
パーティ三昧で浪費して消えて行く…
いわゆる“一発屋”で終わってしまいます。

ヴァンヘイレンみたいなタイプは珍しいのですが、
そう考えると、
エディの非凡さがわかると思います。
(一握りしかいない天才ですね…)

こうなるとミュージシャンも、
アーティストの側面だけでなく、
ビジネスを意識せざるを得なくなるわけですが、
あのリッチーですら、
アメリカ市場の制覇を優先させ、
従わないメンバーを切ったほどですが、
それはバンドの運用資金の確保であったことが、
最近になって明らかになりました。

ジーンが語るように、
やはりオカネは大事なのです…

日本でも、
1970年代の後半、
サザンオールスターズが売れ始めた頃、
有望な新人の青田買いが盛んになりましたが、
心ある業界関係者が、
ミュージシャン志望の若者に向けて、
「今は安売りしてデビューしない方がよい」
と言っていました。

今にしてよく理解できる、
この言葉は、
その前に「ミュージシャンを仕事にしたいなら」
が付いたのでしょうね…

ROCKというより、
音楽業界特有のビジネスマナーをわきまえ、
そこでのし上っていくには、
身近に業界人がいないとなかなか難しく、

さらには、
学生やりながらではさらに難しく、
ティーンエイジャーの自分が、
いかに甘かったか思い知らされるものがあります。

これは、
この年齢に至り、
ビジネスというものがわかるようになったから、
言えることですが、

この年齢で悟っても、
もうROCKビジネスには参入などできず、
ブログでブツブツ言うぐらいしか、
できることはありません(笑)

この記憶を保持したまま転生するか、
または、
過去にタイムスリップすれば、
ROCKミュージシャンになれそうな気がしますが、
映画の世界ではあるまいし、
無理な話ではあります。

孫がミュージシャンになりたいと言ったら、
業界人に近づけ、
学校はすぐに辞めろとアドバイスしますね…
娘から出禁を食らいそうですが(笑)
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★2020/06/14 (Sun)
この年齢になって初めて、
RAINBOWの、
『Difficult to cure(邦題:アイ・サレンダー)』
アルバムを聴きました。

発表された当時(1981年)は、
邦題になっているシングル「I surrender」を聴いて、
もうRAINBOWはオシマイだ、
などと発言し、
まったく聴く耳を持たなかった私でしたが、
今になってみると…

これはよい…(笑)

『Down to earth』よりよいと思いました。

音楽性は、
前作『Down to earth』の延長にある、
と言って過言ではありませんが、

まず、
ヴォーカルが変わったことで、
かなり印象が違っています。

グラハム・ボネットは、
ハイトーンが強力ではありますが、
私にはどうも、
あの絞り出すようなというか…
悪く言うと、
ニワトリが絞め殺されるような(笑)
独特の歌い方が苦手で、
長く聴いていられないのですが、

後任のジョー・リン・ターナーは、
ソフトな歌い方で、
まったく耳障りなところがありません。

これが、
ポップな曲調にマッチしているのです。

そして、
バンド内に対立候補がいなくなったせいか、
リッチーがじつに、
のびのびとギターを弾いています。

対立候補がいることで生じる緊張感は、
作品にも適度な刺激を与えるので、
悪いことではないのですが、
リッチーにはこちらの方が合っていたようです。

ようやく、
自分のバンドを、
好きなように操縦することができた…
そんな感じです。

そのせいか、
『Difficult to cure』は、
過去のRAINBOWのどのアルバムよりも、
ギターが前に出ています。

そして、
ギターの音色が素晴らしい。

なんでも、
録音方法というか…
マイクの立て方や、
ミックスのやり方を変えたということですが、
ライブに近い、
極上のトーンを体験することができます。

以前に、
『THE RITCHIE BLACKMORE STORY』DVD
を購入した際にカップリングされていた、
1984年の日本公演のライブは、
この路線の集大成で、
じつに素晴らしいパフォーマンスを披露していますが、
そこに至るスタートが、
このアルバムだったのです。

あのライブでは、
オーケストラを導入した、
「Difficult to cure」(ベートーベンの第9だよ)
が素晴らしく、
オーケストラとの掛け合いや、
ドラマー(チャック・バーギ)とのやり取りが、
スタジオバージョン以上の成果をもたらしています。

さてようやく、
リッチーの真意がわかるようになってきた私ですが、
どうやらリッチー中毒も、
difficult to cureなようです(笑)

新型コロナウイルスの後遺症が、
リッチー中毒とは…
思いっきり笑えますね。
★2020/06/07 (Sun)
私けっこう好きなんですよ、
このバンド…ヤードバーズのことが。

同じ時期のバンドを横に並べると、
ヤードバーズとフーが、
アタマひとつ飛び出す感じです。
(ストーンズやビートルズよりも…)

かつて渋谷陽一氏が、
ヤードバーズについては、
圧倒的な過大評価以外の何者でもない、
と発言していたことがありましたが、

まぁ…それは、
在籍していた、
ブリティッシュ3大ギタリストの、
その後の活動と比較するからであって、
リアルタイムではかなりの存在感だったと思います。

他に例を見ない、
暴力的に疾走する音なんですよ。
疾走感がハンパない…

だから、
エアロスミスやジョニー・サンダースといった、
アメリカ東海岸の不良たちが、
影響を受けたバンドの筆頭に上げているのです。

ギタリスト以外、
傑出した演奏者がいないので、
バンド一丸となってビートを出すのですが、

その暴走ぎみのヘヴィネスが心地よく、
パンクだグランジだと、
暴走する若者のパワーが、
時代と共に呼び名を変えても、
ヤードバーズの存在感は変わらないのです。

フーと並べて、
ハードロックの元祖と呼べるでしょう。

私は最近、
2018年に紙ジャケで再発された3枚、
『For your love』
『Having a rave up』
『Little games』
をよく聴くのですが…

クラプトン、ベック在籍時は、
前述のように、
ギタリストが前に出て、
バンドが必死についてくる感があるのですが、

ペイジはそうではなく、
あくまでも自分をバンドの枠に収めている点が、
前任者と大きく異なっています。

クラプトン時代の
「I'm not talking」
ベック時代の
「I ain't done wrong」と
「Little games」を比べると、
その違いがよくわかります。

だから、
エアロたちは、
その時期のヤードバーズを評価するのでしょう。

対するペイジは、
その後このコンセプトを、
レッド・ツェッペリンに発展させ、
そちらで評価されるわけです。

ツェッペリン贔屓の渋谷さんは、
だからあのような発言をしたのかもしれませんね。

いずれにしても、
今聴いても新鮮というか、
今聴くから新鮮なのかもしれませんが、

シンプルな音はよいですね。
★2020/05/24 (Sun)
そろそろ、
緊急事態宣言が、
解除されそうな雰囲気になってきました。

まだ油断はできないし、
すぐに以前の生活に戻れるとは思えませんが、
Stay homeの度合いは、
少し下がりそうです。

この2ケ月というもの、
みなさんと同じように、
ひたすら家にコモっていたわけですが、
私にとって最大の収穫は、

リッチー・ブラックモアの長尺ナンバー、 
「Lazy」と「Child in time」をコピーしたことです。
(どちらも、スタジオ・テイク)

なにしろ、
時間が十分あったので、
じっくりと粘り強くフレーズを採ることができ、
かなりの完成度になったと自負しております。
(かつては、ここまでシツコクやらなかった…)

かなりイケているので、
機会があれば、
どこかで披露したいですね。
目をつぶって聴くと、
リッチーそのもの…かな?(笑)

モノは考えようで、
Stay homeの期間は、
こういうことに取り組むには、
最適の時間であったかもしれません。

そしてもう一つ、
これも世間では盛んであったようですが、
家の中を整理して、
不要なものを思い切り、
“断捨離”しました。
(おかげで、ゴミがたくさん出た…)

こちらも、
そろそろ、
人生のセカンド・ステージに立つ私には、
絶好のタイミングで、
これからやるべきこと、
これから大切にしたいことを考える、
いい機会になりました。

整理をしていると、
リッチーというか…
中学から高校あたりに影響を受けたことが、
自分の中でどれほど大きな存在であるか、
よくわかるものです。

まぁ…その頃から、
ほとんど進化していないのかもしれませんが…(笑)

残すべきものは残し、
これから更に深化させよう、
などと思ったりしました。

このように、
新型コロナ対応が次の段階に入った今、
自分も新たなステージに立つ準備が整った感じです。

さて、
明日…緊急事態宣言は解除されるのでしょうか。
★2020/05/10 (Sun)
最近、
stay homeの影響で
ストレスが溜まるのか…
ハードロックをよく聴いています。

それもRAINBOWとBLACK SABBATH(笑)

最近では、
ヘビメタといえば、
中学生でも「こんなのでしょ?」
とその音を語ることができますが…

そもそも、
BLUE OYSTER CULTやBLUE CHEERなどの、
マニアックというか、
マイノリティなサウンドを指していた、
Heavy Metalというカテゴリーが、
市民権を得るに至ったのは、
1980年代のネオ・ヘヴィー・メタル・シーンでした。

とくに、
シーンの後半にアメリカから出てきた、
ポップなメロディのハードロックバンドたちが、
存在感を示したと記憶していますが、

その中心にいた若手ミュージシャンから、
神の如く敬意を払われているのが、
RAINBOWとBLACK SABBATHです。

そして、
両者には奇妙な因縁があります…


ロニー・ジェイムズ・ディオという、
稀代のヴォーカリストを擁し、
セカンド・アルバム『Rising』で、
早くも完成形を示した感のあった、
リッチー御大のRAINBOWですが、

御大が目指していたのは、
マニア向けのサウンドではなく、
あくまでもポップなサウンドであり、
アメリカ市場の制覇でした。

悲願を果たすために行ったのが、
ヴォーカリストの交代という、
荒治療であったことは、
よく知られたことです。

当時の私は、
『Raising』と『On Stage』で、
頂点を極めた感のあった彼らが、
この後どうなるのかと注目していたのですが、
3枚目のスタジオアルバム
『Long Live Rock’n Roll』(1978年)には、
軽い失望感がありました。

なんか、中途半端だったのです。

そして、
ヴォーカリストが交代し発表された、
『Down To Earth』(1979年)は当時ファンの間では、
賛否両論でしたが、
私にはOKな内容でした。

そう、ここまで振り切ってほしかったのです。

RAINBOWは、
その後もう一度、
ヴォーカリストが交代し、
コージー・パウエルが脱退、
リッチーとロジャー以外が、
すべて若いミュージシャンに交代する中で、
シーンの中心的な存在になるわけです。

そのターニング・ポイントとなった、
『Down To Earth』は、
非常に重要な作品といえるでしょう。

惜まれながらRAINBOWを去った、
ロニー・ジェイムズ・ディオはその後、
オジー・オズボーンの抜けたBLACK SABBATHに加入し、
『Heaven And Hell』(1980年)を発表。
新生RAINBOWに失望した連中を含め、
新たなファンを獲得し、
こちらもこれ以降、
シーンの中心的な存在となりました。

BLACK SABBATHは、
ファーストアルバムの時点で、
すでに完成形を示していたため、
3枚目あたりで早くも手詰まり感があり、
4枚目からは新たな展開を模索し始めています。

その試みがまとまった成果として表れたのが、
6枚目の『Sabotage』(1975年)ですが、
オジー・オズボーンはこのあたりから、
バンドに対してのモチベーションが下がり、
脱退したり再加入したりを繰り返すようになります。

オジーはその後、
BLACK SABBATHを脱退しますが、
『Blizzard Of Ozz』(1980年)で再び注目を集めます。

私はこの『Blizzard Of Ozz』こそ、
ネオ・ヘヴィー・メタル・シーンのバイブルといえる、
究極の完成形を示した1枚、
と高く評価していますが、

オジーが選んだ相棒は、
アメリカ人のランディ・ローズ、
エドワード・ヴァン・ヘイレン直系といえる、
若手ギタリストでした。

この『Blizzard Of Ozz』と
『Down To Earth』は、
コンセプトが近いというのが、
私の持論で、

リッチーもオジーも、
アメリカを意識しながら、
自らの音楽性を昇華させた感があります。

一方の、
ロニー加入後のBLACK SABBATHは、
その逆で、
アメリカを意識せずに、
そのまま進んだ感じです。

BLACK SABBATHの『Heaven And Hell』は、
『Sabotage』の流れをくんでいますが、
初期のRAINBOWにも近く、
当時のリッチーはインタビューで、
そのことを語っております。

ヤツ(ロニーのこと)は、
またBLACK SABBATHで、
自分の好きなようにやっているけれど、
あのバンドはオジーがいたから、
おもしろかったんだぜ…

やはりリッチーは、
オジーの考え方に共感していたのではないでしょうか。

まぁ…そんなことを考えながら聴いているのですが、
『Down To Earth』
『Sabotage』
『Blizzard Of Ozz』
という作品は、
今聴いても十分に楽しめるというか…
これだけの歳月を経過したからこそ、
理解できることもあって、
興味が尽きないのでありました。

一つだけ言わせてもらうと、
『Sabotage』のジャケットの、
ビル・ウォードの衣装(右から2番目)は、
非常にダサくて(笑)



これを見て、
アルバムの購入を躊躇する人がいたら、
国家的損失であると思うのですが、
いかがでしょう?
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★ ILLUSTRATION BY nyao