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「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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HN:
matsuZACK
年齢:
55
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2017/07/17 (Mon)
『Guitar magazine』誌は、
数年前の『レコードコレクターズ』誌の特集を
なぞっているような気がして仕方ないのです。

で…
次は日本のギタリストかな?と予想していたら、
見事に当たってしまいました。

『500人が選んだニッポンの偉大なギタリスト』

『レコードコレクターズ』誌の特集(2013年1月号)では、
順位はつけておりませんが、
掲載順は、
寺内タケシ、鮎川誠、鈴木茂、渡辺香津美、Char…
となっておりました。(敬称略)

今回は、
『Guitar magazine』誌の特集だし、
人気投票なので、
1位はおそらく…と予想したら、
これまた見事に当たってしまいました。

Char…竹中尚人さんでした。


私とCharの出会いは、
中学3年のとき…1976年のある土曜日のことでした。

大田区から転校してきた同級生が、
「今日の午後、
フジテレビにアニキの高校の先輩が出るから、
見てよ」と言ってきたのです。

彼のアニキは、
スタジオミュージシャンをやっていて、
膨大なレコードコレクションを持っていたことから、
我々にとってロックの仕入れ元でした。

「そーかそーか」と、
学校から帰り、
夕方のフジテレビでやっていた、
ロックの番組を見たら…

真っ白いスーツに、
これまた白いムスタングを持ったCharが現れ、
「Shinin’ you, shinin’day」を演奏したのです。

「!」
これはショーゲキでした。

まずは、
日本人のギタリストの概念を、
ルックスで変えてしまった、
スマートでおシャレな佇まい。
そこにムスタングがバッチリ決まっていたのです。

「このストラトみたいなギターは何だろう?」

多くの日本人がムスタングを知らなかった時代、
このギターはCharと共にやってきたのです。

そして、
マイナーセブンスやメジャーセブンスを多用した、
ボズ・スキャッグスばりの、
都会的なソウルサウンド。
メジャーかマイナーか、
切った張ったのロックしか知らなかった少年には、
まさしく未知の響きでした。

うわーっ、
なんだかよくわかんないけど、
この人カッコイイわーっ。

次の週の月曜は、
Charの話題で持ちきりでした。


私にとって、
いちばんのポイントは、
彼が都立高校の出身であったこと。
これは、
これから都立高校へ進学しようと思っていた少年にとって、
最大の衝撃でした。

高校へ行って、
このエリアで有名になれば、
プロミュージシャンになれるかも…
本気でそう思ったものです。
(ちなみに、この時代のギタリストには都立高校出身者が多い)

Charはその後、
歴史に残る傑作デビューアルバムを発表したと思ったら、
「気絶するほど悩ましい」で芸能界デビューし、
原田真二とかゴダイゴと並んで、
その世界で活躍するようになりました。

私はその時期、
ナマイキ盛りの高校生だったこともあり、
やっぱり日本で食っていくには、
こういうやり方しかないんだろう、
などと、
斜めに構えた見方をしていましたが、

「闘牛士」のイントロのカッティングと、
青いムスタングは、
しっかりと私の脳裏に焼き付いていたのです。


私がCharから、
もっとも影響を受けたのは、
その後、
ジョニー吉長、ルイズルイス加部と結成した、
ジョニー・ルイス&チャーの時代で、

彼らのファーストアルバム『フリー・スピリット』は、
雨降りだったため(笑)ライブこそ見逃したものの、
全曲をコピーするほど聴きまくった作品です。

その後のスタジオアルバム
『トライスクル』と『OiRA』も同様でしたが、
長い人生の中で、
アルバムが出るたびにコピーした日本人ミュージシャンは、
Charだけです。

デビューアルバムも新鮮でしたが、
クラヴィネットを多用した『トライスクル』がまた新鮮で、
後に、
これがスティーヴィー・ワンダーからの影響と知り、
そちらへのめり込んだことも懐かしい思い出になっています。

ジョニー・ルイス&チャーは、
ピンク・クラウドと改名し、
その後も長いこと活躍しますが、
私は、
改名する前の3枚のアルバムこそが座右の銘です。


さて、
そんなCharのスゴイところは、
これだけのベテランになっても、
いまだにミーハーな部分が残っていることで、

エレキ選びは、似合うかどうかが最大の問題…
このギターに合う服が思いつかない…
ロックなんて所詮は遊びだよ…
などなどの発言からもわかるように、
実にバサラな遊び人感覚で、
ヘラヘラしているのです。

スゴイよなぁ…

いつまでも健在で、
不滅のじーちゃんになってほしい。

そして、
私の中では、
永遠の「都立の星」…竹中センパイなのであります。

↓ということで、私が持っている青いムスタング



↓左肩の大きな打痕を隠すために貼ったシールは、もちろんCharをイメージしたもの

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★2017/06/25 (Sun)
『Guitar magazine』の快進撃は止まることを知らず…

今年の年明けから、
ブルース、
ジャズファンク、
1970〜80年代の歌謡曲、
ロックンロール(チャック・ベリー)
と続き、
今回は『モータウンの歩き方』…



モータウンを支えたギタリスト達に
スポットを当てた特集でした。

この雑誌を、
7ヶ月で5冊も購入するとは、
ここ20年以上なかったことですが、
どの特集もかなりマニアックで、
読み応えのあるものばかり…

おかげで、
CDのコレクションも着実に増え、
音楽三昧の日々を送っております。

さて、
今回のモータウンの特集は、
ヒット曲量産の裏に、
凄腕ギタリスト達の職人芸があった、
というテーマになっていますが、

これは、
我が国における、
1970~80年代の歌謡曲のシーンとよく似ており、
(同じような切り口で特集されていたので非常にわかりやすい…)
当時の日本の音楽界が、
アメリカを規範にしていたことがよくわかります。

そして、
こういう特集を読めば読むほど、
若き日の自分がいかに間違っていたか、
思い知らされてしまいます。

バンドを組み、
いい楽曲を書いて世に出る…
じつはそれ以前に必要なことがあったのです。

それは…

スタジオセッションなどを通じて、
ギタリストとしての基本テクニックを身につけること。
さらに、
その制限された作業の中でも個性を発揮し、
周囲の評価を得ること。

ミュージシャンとして、
最低限のマナーは身につけておかないと、
生涯の仕事にはならないのです。

他の仕事と同じですね。

したがって、
学校へ行きながら(アルバイト感覚)ではなく、
生活の全てを賭けるようでないと。
モノにならないのです。

若い頃に、
そこまでの考えに至っていれば、
音楽を職業にすることは可能だったかもしれませんが、
それはなかったなぁ…

もっとも、
今の時代に、
プロのミュージシャンでいることの是非は別の話ですね。
我々の感覚では少々居心地が悪いかもしれません。

1970年代…
少し妥協して、
1980年代までがせいぜい、
だったのではないでしょうか。

そう考えると、
あと10年早く生まれていたら…
などと思うことしばし(笑)

今回の『モータウンの歩き方』で紹介されている作品の多くは、
さすがに聴いたことのあるものばかりですが、
中には未聴のものも多く(当時、意識的に避けていたモノ多し…)
これから聴き直してみようと思うCDが数枚ありました。

最近目指しているのは、
職人的アマチュアギタリスト…
ってどういうことでしょう?(笑)

基本テクニックはあり、
理論もわかるぐらいだが、
アマチュアみたいな…
どーだろねーっ?
ますますわからなくなってきましたよ(笑)
★2017/06/11 (Sun)
遺作となってしまった、
チャック・ベリーの新作『CHUCK』が、
6月9日(ろっくの日らしい…)に発売されました。

スタジオ録音の新作としては、
1979年の『Rock It!』以来、
じつに38年ぶりになります。

新作といっても、
1980年代の音源も含まれているそうで、
純粋に最近の録音だけではないようですが…

2015年にチャックが体調を崩すまで
作業が続いていたことと、
晩年の彼が唯一ライヴをやっていた、
セントルイスのクラブでのサポートバンドが
バッキングをつとめていることから、

これがチャックの最新形であることには、
まったく異論のないところです。

さて、
その内容は…

まず、
全10曲、
トータルで35分は、
時間に余裕がない&年々根気がなくなってきた、
最近の私にはありがたいことです。

このように、
スパっと聴けるアルバムは、
最近の新作では珍しくなりましたね。

曲調は、
悪くいえばワンパターン、
良くいえば「これぞチャックの芸!」(笑)
歌詞が差し替えてあるだけで、
往年のヒット曲と同じ?
と思われるものもあるのですが、
いやいや、
これでよいのでしょう。
これこそ、チャック・ベリー。

そして…
ここはもしかすると、
御大がコダワった部分かもしれませんが、
ドラムの音、
とくにスネアの音が素晴らしく、
タイトでシャープなリズムと共に、
これが耳に残ります。

このドラムのおかげで、
作品の新作感が強調されているように思えます。
曲は名人芸でありながら、
リズムはフレッシュなのです。

さらに、
アタマの2曲…
「Wonderful Woman」と「Big Boys」
がキャッチーで、
じつに素晴らしい。

思わず、
体を揺らしたくなるノリのよさと、
口ずさみたくなるコーラス部分のメロディライン…

このどちらかをカヴァーしたら、粋ですね。

息子と孫がギターで、
そして娘がヴォーカルで参加している曲があり、
これも聴きモノです。

全体的にリラックスしているのですが、
キメるところはキメている感があり、
遺作で片付けるにはもったいない、
充実した作品です。

さすがにチャック・ベリー。
生涯現役だったんですね。

ところで、
この新作を聴いていたら、
ミョーな話で、
私は、
1970年代後半のストーンズの諸作を思い出してしまいました。

チャックも少しは意識していたのかな?
いやいや…
それほどストーンズの身体に、
チャックが染み渡っていたことの証でしょう。

この方がいらっしゃらなかったら、
ストーンズは存在したのであろうか?
マジでそう思えてしまう、
チャックの新作でありました。


↓ジャケのイラストもよろし
(内田裕也氏のコメントがシールで貼ってあった…)

★2017/06/04 (Sun)
JazzとRockの融合は、
ジャズファンクと呼ばれるムーブメントから始まり、
セッションミュージシャンたちの切磋琢磨を経て、
フュージョンブームに至り、
“売れる音楽”として世間に認知されることになりました。

1976年頃のことです。

ところが、
この周辺の人脈とは違うところから、
JazzとRockの融合を、
あっさり違う次元までもっていってしまう、
天才がもう一人現れます。

それがジェフ・ベック…
1975年、
『ブロウ・バイ・ブロウ』の発表です。

ジェフ・ベックは、
1971年頃…いわゆる、
第2期ジェフ・ベック・グループの始動あたりから、
モータウンやスタックスといった、
ソウルミュージックへ接近するようになります。

メンバーを探すにあたって、
ディスコへ入り浸っていたと言われており、
同時期に流行し始めていた、
ニューソウルやジャズファンクで踊っていた可能性が大です。

1972年に、
このメンツの最高傑作である、
通称オレンジ・アルバム(『ジェフ・ベック・グループ』)を発表、
その後、
古い約束を履行する形で始まったBB&Aでは、
ハードロックを指向するものの、
「迷信」や「アイム・ソー・プラウド」をレパートリーに加え、
つねにソウルミュージックを意識していた彼が、
満を持して発表したのが、
『ブロウ・バイ・ブロウ』でした。

作品のコンセプトとしては、
メルヴィン・スパークスやオドネル・レヴィ、
ジョージ・ベンソンや
フィル・アップチャーチなどと、
それほど違うものではありませんが、
その影響力の差はあらためて言うまでもなく、
ジェフ・ベックに絶大なものがあります。

さて、
『ブロウ・バイ・ブロウ』とその他の作品では、
いったい何が違うというのでしょう?

その1
ギターの音が歪んでいる…

そう、
まずはギターのトーンがぜんぜん違うのです。
チョーキングを多用する、
ブルース直系のスタイル…
とくにジェフ・ベックの場合は、
グリッサントやスライドが派手なだけでなく、
トレモロアームの使い方も派手で、
ギュイ〜ンとかグワ〜ンとやるワケです。

同じように、
ポップで覚えやすいフレーズを弾いたとしても、
こちらの方がインパクトが大きいのです。

その2
バンドの編成がシンプル…

ジャズファンクやフュージョンでは、
ホーン・セクションを加えなかったとしても、
ギターを二人にしたり、
鍵盤を二人にしたり、
メロディ楽器をそこそこ厚くするのが当たり前ですが、
ジェフ・ベックの場合は、
ギター一人に鍵盤一人、
あとはリズム・セクションという、
シンプル極まりない4人編成で、
このサウンドに向かったのでした。

この編成はRockバンドでは標準ですが、
シンプルな分、
それぞれのパートの個性が出やすく、
より単純明快な音に仕上がるのです。

その3
RockからJazzを見る…

ジャズファンクやフュージョンを盛り上げた、
多くのギタリストはJazz出身で、
いわゆるJazzギターのマナーが身についていますが、
ジェフ・ベックは徹頭徹尾、
Rockギタリスト!
知名度も抜群であり、
彼がJazzへ向かったことは、
大きな話題をさらったのでした。

ジミー・ペイジは、
『ブロウ・バイ・ブロウ』を、
ギタリストのための教則本のような作品である、
とまで言っています。

それほど、
ジェフ・ベックの一人勝ち、
という感じだったのでしょうね。

そして、
ジェフ・ベックの凄いところは、
いつまでも同じスタイルに拘らないところで、
次の『ワイアード』では、
ヤン・ハマーを起用し、
もう少し前衛的な領域へ踏み込みます。

こちらも、
同じヤン・ハマーを擁した、
ビリー・コブハムの『スペクトラム』(1973年)という、
先駆的な作品があり…

驚くべきことに、
トミー・ボーリンという、
当時無名だったRockギタリストを起用しているのですが…

トミーとジェフでは、
破壊力が違い過ぎる感があるものの、
コブハムの着眼点の鋭さには驚かされます。

こうして考えると、
Rockギターというのは、
ポップミュージックを語る上で、
最強の存在なのではないでしょうか。

ここ数年にわたり、

Jazzギターを身につけて、
いまさらながら、
スタイルを変えようなどと、
無駄な労力をかけていた自分が、
少々気恥ずかしく思えて、
仕方ありません。

やはり、
師匠には教えられるものがあります。


↓かつては『ギター殺人者の凱旋』などという邦題がついていた

★2017/05/28 (Sun)
さて、

雑誌の特集をきっかけに、
ギターという切り口から、
再びジャズファンクへ取り組んでいますが…

結局、
行き着いた先は、
以前にお話ししたように、
『ダニー・ハザウェイ・ライヴ』(1972年)
と『スタッフ』(1976年)でした。

今回は、
まずメルヴィン・スパークスとオドネル・レヴィという、
かなりマニアックなギタリストから入りましたが、
両者ともいわゆるジャズファンクの王道路線、
ホーンセクションを率い、
にぎやかにグルーヴするのでありました。

これはかつてよく聴いていた、
ギタリスト以外のリーダーアルバムと、
ほぼ同じ雰囲気です。

そんな中、
オドネル・レヴィの『シンバ』(1973年)というアルバムと出会い、
この分野にしては珍しい、
クリアなトーンのギターに感動し、
ビシビシとタイトなドラムにシビれ、
それがスティーヴ・ガッドであることを知りました。

で…
クリアなギターとタイトなドラム、
というキーワードで、
ジョージ・ベンソンの『バッド・ベンソン』(1974年)に行き、
(ここでもスティーヴ・ガッドが叩いています)

『ブリージン』(1976年)以前の彼の素晴らしさを知り、
(『ブリージン』以降のプレイは嫌味な感じが…)
その美しいトーンと端正なプレイに感銘してしまったのですが、

ここで大活躍しているのが、
サイドギターを担当している、
フィル・アップチャーチであることに気がつき、
彼のソロ・アルバム、
『アップチャーチ』(1969年)と『ダークネス・ダークネス』(1971年)という、
たいへんマニアックな2品を聴くに至りました。

『アップチャーチ』はサイケ色が濃く、
地味変のカヴァー2曲が秀逸ですが、
(「クロスタウン・トラフィック」と「ヴードゥー・チャイル」)
トレモロアームをビヨビヨといぢるプレイが多く、
テレヴィジョンのトム・ヴァーレインを彷彿とさせます。

『ダークネス・ダークネス』はサイケ色は薄くなっていますが、
ペケペケのトーンで、
地味変ばりにプッツンいってしまうプレイがあり、
この方の不思議なオーラを感じないワケにはまいりません。

このフィル・アップチャーチが、
『ダニー・ハザウェイ・ライヴ』の前半で、
リードギターを担当しているのでした。

一方、
『バッド・ベンソン』と対をなす、
ジョージ・ベンソンのアルバムに『ボディ・トーク』(1973年)がありますが、
こちらはジャック・ディジョネットが叩いており、
ベースはロン・カーターです。

やっぱりジャックのプレイもカッコええなぁ…
(私はマイルスのバンドにいたときのプレイが好きです)
と感動していたら、
このアルバムにはJB流のファンクマナーの曲があり、
まさかロンがあのベースラインは弾かないだろう、
と思っていたら、
サイドギターを担当しているアール・クルーが、
それを見事にフォローしておりました。

このようなサウンドには、
意外とギター2本の効果があることに気がついたら、
やはり『スタッフ』ですなということになり、
ここに至るのでありました。

スタッフは、
エリック・ゲイルとコーネル・デュプリーのツインギター、
ドラムスもスティーヴ・ガッドともう一人いて、
これにベースとキーボードが加わるものの、
ホーン・セクションはおりません。

そういえば、
『ダニー・ハザウェイ・ライヴ』にも
ホーン・セクションは入っていませんね。
そして、
後半でリードギターを担当しているのは、
コーネル・デュプリーでし

スタッフは、
その編成から想像すると、
ジャズばりにインタープレイを展開するのかと思いきや、
そうではなく、
あくまでもシンプルにグルーヴを出すことに専念しており、
ポップで覚えやすいメロディと相まって、
抜群のダンス・チューンに仕上がっています。

ジャズファンクはここで、
“売れる音楽”として世間に認知されることになり、
フュージョンブームが起こるのですが、
同年に前述の『ブリージン』もヒットし、
一役買うワケです。

それにしても、
そこに関わってきたミュージシャンが、
ほぼ同じメンツであり、
彼らが職人として、
感覚と技術を昇華したことが、
この流れを生み出したと考えると、
感慨ひとしおであります。

とはいえ…

まったく、
このへんの人脈とは違うところから、
あっさり違う次元までもっていってしまう、
天才がもう一人いるワケですが、
この話はまた次回に譲ることとしましょう。

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★ ILLUSTRATION BY nyao