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「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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HN:
matsuZACK
年齢:
56
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2018/06/10 (Sun)
好きなんですよ…
ハゲハゲのストラトキャスター

ハゲハゲのストラトキャスターといえば、
ロリー・ギャラガーですが、
正確に言えば、
1960年代初頭のサンバースト塗装が、
経年により剥がれてきた状態、
ということになるのでしょうね。

このような状態に、
芸術的な価値を感じるようになったのか、
ある時期から意識的に…
つまり新品の段階から、
すでに所々の塗装が剥がれた状態に…
仕上げられたギターを見かけるようになりました。

レリック仕上げという呼び方で、
メーカーによっては、
これを専門として、
実に見事な剥がし方(?)を
トレードマークにしていたりします。

しかし、
その元祖ともいえる、
ロリーのストラトは、
文字通り、
長年の荒っぽいライヴで、
少しずつ塗装が剥げたものであり、

1970年代中期では、
まだ元のサンバーストが残っていましたが、
その後、
徐々に剥がれが進み、
晩年になると、
ほとんど下地がむき出しになっていたというシロモノで、
凄みを感じるほどのものでした。

ちなみに、
このストラトは塗装だけでなく、
ペグやピックアップも部分的に変更してあり、
それは、
使えなくなったので交換したという感じの、
本当に部分的な変更なので、
彼がどれだけこのギターを愛していたのかが、
よくわかります。
(ちなみにペグ1個、ピックアップ2つ、ということです)

今年の4月8日にここで紹介した、
「Guitar Magazine」3月号「Rock Diggers 1968-1972」で、
数年ぶりにロリーと再会した私は、
彼の作品でいちばん好きだった、
『コーリング・カード』(1976年)の紙ジャケ仕様CDを、
中古盤で見つけ購入しました。

考えてみれば、
なんだかんだと言いながら、
ロリーのアルバムは、
初期のテイストのもの以外、
まったく持っていなかったのです。

『コーリング・カード』も、
カセットテープに録音したものを、
長い間聴いていただけで、
数年前に紙ジャケ仕様CDで再発された際にも、
他に優先していたものがあり、
結局購入するに至りませんでした。

幸いにも、
ロリーの紙ジャケは、
まったくプレミアがついておらず(喜んでいいのか?)
お手頃価格で出品されているので、
このタイミングで揃えてしまおうか、
などと考えております。

『コーリング・カード』は、
ロックの歴史の中でも、
もっとも洗練された作品が
集中している時期に発表されており、

ロリーも、
初期の荒っぽいブルース一辺倒から脱却し、
ジャズやソウルのフレーヴァーをまとい、
どことなくリトル・フィートに似た、
おシャレな音を展開しております。
(服装は変わらずチェックのシャツですが…)

プロデューサーが、
元ディープ・パープルのロジャー・グローヴァーで、
かなり几帳面に作り込んだ音になっていることも、
雰囲気作りに貢献しているといえるでしょう。
(もっとも、
ロリーは居心地が悪かったのか、
アルバム発表直後のインタビューで、
もうロジャーには頼まない、
と言っていますが…)

タイトル曲は、
ジャジーでクールな雰囲気ですが、
ギターソロになると、
力強いオーバードライヴサウンドを聴かせてくれます。

これは、
ロリーの特徴ですが、
ストラトを使っていながら、
SGのような音を出しているのです。

愛用のアンプがVOXで、
エフェクターはトレブルブースターのみであったようですが、
同じセットをブライアン・メイが使っています。
(もしかすると、
シングルコイルのピックアップと相性が良いのでは、
と思い、
ひそかに研究しております)

この音でバリバリと、
激しいピッキングで弾きまくるのが、
ロリーの定番です。

そして、
このアルバムには「エッジド・イン・ブルー」という、
名曲が収録されているのですが、
レコード会社から、
これはヒットするからアメリカでシングルにするべきだ、
と言われたロリーが、
即答で断ったというエピソードが残っています。

あまり、
アメリカで成功することは望んでいなかったようですね。

自分の大切なものは、
妥協せずに守っていく、
頑なともいえるこの姿勢は、
英国気質といえるものでしょうか。

こういうところは、
見習いたいものです。

ロリーは、
多量の飲酒によるものか、
肝臓障害でまだ若いうちに、
神に召されてしまいましたが、
ハゲハゲのストラトキャスターと、
残された作品にその人間性が残されているのです。

今回、
あるところで、
もう少しで、
そのハゲハゲのストラトキャスターを
購入しそうになってしまったのですが、
「待て待て、今回は違うぞ」となりました。

いずれは手にしたい一本ではありますが…

蛇足ですが、
エイドリアン・ブリューも、
メジャーになった際に、
ハゲハゲのストラトキャスターを愛用していて、
これも印象に残っているんですね。

やっぱ、
いくかーっ
ハゲハゲ…(笑)

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★2018/06/03 (Sun)
先週の日曜日は身内に祝い事があり、
昼間から銀座で酒など飲んでいたので、
投稿をお休みしました。

突発性難聴はいったんは回復しましたが、
一週間ほどで再発し、
低音だけ聴きづらくなっている状態で、
耳が気圧の影響を受けやすくムクんでいると診断されました。

この治療のため、
体内の不要な水分を外へ出す薬を処方されましたが…

主治医から「たいへん飲みにくい薬です」と言われ、
薬局でも「先生に聞きました?ガマンして飲んでくださいね」と言われ、
そんなにヒドイのか?とインターネットで検索してみたら、
「マズイ、マズイ」としか出てこない、
悪名高いイソソルビドという液体を服用することになったのです。

たしかに…

最初は、
咳止めシロップの濃いヤツ…と思い、
なんだこの程度か?とタカをくくったものの、
毎日毎食後に飲んでいるうちに、
だんだん耐えられなくなってきて、
最近では苦痛この上ない状態です。

その甲斐あってか、
ずいぶんと症状は軽くなり、
どうやら落ち着いてきたようですが、

次回の診察で、
もう飲まなくていい、
と言われることを期待しております(笑)

そんな5月の終わりに…

かなり以前に予約した、
バディ・マイルスの『ゼム・チェンジス』という、
紙ジャケ仕様のCDが届きました。

あーっ
すっかり忘れていた…
今は聴く気にならないよ
とばかりに放置しておいたのですが、

意外に紙厚で立派なジャケが気になって、
しげしげと眺めていたら、
バディ・マイルスがこちらへ向かって、
「なんで、聴かねーんだよっ」と言っているような気がして、
例によって小さな音で再生してみたところ…

あーっ
これはカッコイイ…
すっかりハマってしまいました。

バディ・マイルスは、
地味変がエクスペリアンスを解散して、
オール・ブラックで結成した、
バンド・オブ・ジプシーズのドラマーで、
自身がリーダーの作品を多数残しております。

地味変が生前に残した、
『バンド・オブ・ジプシーズ』というライヴ盤で、
叩いて歌っているのですが、
ドタバタと派手に叩きまくるミッチ・ミッチェルとは対照的に、
シンプルにビートを刻むタイプなので、
地味変ファンの間では評価が分かれます。

評価しない派のファンは、
この方が叩くと、
地味変もフツーのブラックミュージックになってしまう、
として敬遠するのですが、
なるほど、
ミッチの叩き方は地味変から黒っぽさを消している、
と言えるかもしれません。

ただ、
後期の地味変は明らかに、
スライなどのファンクに影響を受けていたので、
これはこれでおもしろいとは思いますが…
(先日紹介した『ボース・サイズ・オブ・ザ・スカイ』
ではこの方が参加したトラックが目立ちます)

一説では、
地味変とバンドの主導権を争って、
脱退することになったとか…
それを裏付けるように、
リーダー作ではホーンセクションまで従えた、
大所帯の親分のような感じです。

『ゼム・チェンジス』は1970年に発表された作品で、
収録曲の半分はバディのオリジナル、
半分はカヴァーという構成になっていますが、
ホーンが入っていることからもわかるように、
作風は、
ファンクやソウルに少々ジャズのフレーヴァーが入った、
1960年代後半から1970年代前半に流行した、
ヒップなサウンドです。

ジャズ・ファンクの時に話したように、
私はこのへんの音が大好きで、
理屈抜きに受け入れてしまうところがありますが、
そこを差し引いても、
完成度が高いアルバムだと思います。

1曲だけ、
カクタスのジム・マッカーティが参加している以外は、
あまり有名なミュージシャンは見当たりませんが、
その分、
バンドとしてのグルーヴがうまく出ているようです。

タイトル曲は、
前述の『バンド・オブ・ジプシーズ』に収録されていますが、
曲の持ち味がうまくアレンジされているので、
私はこちらの方が気に入ってしまいました。

それと、
ニール・ヤングのカバーで、
「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」
という曲が気に入ってしまったのですが、
またニール・ヤングか…と、
私はとくにこの方を聴き込んだことがないのですが、
誰かのカバーで気に入ることが何度かあって、
一度きちんと向き合ってみようかと思うことがあります。

また、今回もです。

紙ジャケもすっかり、
一時期の熱狂はどこへやら、
という状態になっていましたが、
まだまだ発掘音源があるということが、
よくわかりました。

早くマズイ薬から解放されて、
音楽三昧の生活に入りたいのですが、
なかなか思うようにいかない、
今日この頃です。


「なんで、聴かねーんだよっ」
「Why don’t you listen this?」ってか(笑)

★2018/05/27 (Sun)
お休みです…

今日は、
後日、
記念日になるかもしれない日なので(謎)
★2018/05/20 (Sun)
突発性難聴はかなり回復しましたが、
医師から言われた
「当分の間、大きな音は避けるように」
を守っているおかげで、
聴くモノが制限されている最近の私です。

それでは…
とばかりに引っ張り出して来たのは、
今年の初めに手に入れた、
ビートルズの紙ジャケ再発シリーズで…
これを小さい音量で聴いているというワケです。
(ピンク・フロイドは、
大音量で聴かないと面白くないので、
この際、不向きです(笑)

あらためて向き合って見ると…

発表から、
もう半世紀も経過しているのに、
この新鮮さは何だろう?

今更ながら、
この方々の偉大さを思い知らされました。

今回はとくに、
小さな音量でもしっかりと響いてくる、
楽器の音色が際立って聴こえて来ます。

独特のスネアドラムの張り加減、
卓越したフレーズを連発する暖かいベースのトーン、
そして、
抜群にかっこいいエレキギターのトーン…

そう、
これなんですね。
いつまで経っても新鮮に聴こえる理由は…

歪みを強くして、
ギュイ〜ンとサスティンがかかるわけではないので、
後のロックギターの歴史の中では、
決して主流にはならなかったトーンではありながら、
この魅力的なトーンは何だろうか。

固めにセッティングされ、
ゴリゴリした感触のトーンが、
かえって、
ビートルズ特有の和音感覚を強調しています。

私が幼少の頃、
まず魅了されたのは、
このエレキギターのトーンでした。
曲で言えば、
「ハード・デイズ・ナイト」とか「抱きしめたい」とか、
あの辺りです。

この年代のグループで、
圧倒的にエレキギターのトーンがいいと思うのは、
ビートルズの他にザ・フーですが、
これはやはり、
リッケンバッカーによるところが大きい、
ということになるのでしょうか。
(ストーンズはここだけ切り取って見ると、
それほど印象的ではありません…)

12弦ギターをうまく使っているのも、
ビートルズの特筆すべき点で、
これはバーズなどに受け継がれていますが、
サイケな雰囲気を演出するには最適な小道具です。

思えば、
私がロックに魅了されたのは、
ひとつには「リズム」ですが、
もうひとつは、
間違いなく「エレキギター」です。

その原体験で、
シビれたトーンが、
ビートルズ、
そしてザ・フーなどの、
独特の和音感覚を演出するサウンドであり、

ギュイ〜ンと伸びる、
ハードロックのトーンに魅了されるのは、
もう少し時間が経ってからになります。
(こちらはキッスのエース・フレーリーなんですね…)

リッケンバッカーは、
今となっては稀少な上に高価で、
気楽に手を出せるギターではなくなっていますが、
フェンダー系のギターでかなり近い感じは出せます。

私がハードロックを聴き始めて、
しばらく経って、
ストラト派になったのは、
実はこの原体験が影響したのかも知れません。

ちょっと面白い発見ではありました。
ビートルズはやはりエレキバンドです。

そして、
ストラトでセミアコがあると、
もっと面白いんですが…ねぇ。

↓アコガレたもんですよ 370-12

★2018/05/13 (Sun)
GW前半が終わったところで、
左耳が詰まったような感じになり、
2日経っても治らないので医者にかかったところ、
「突発性難聴」と診断されました。

幸いにも、
明らかに左の聴力が落ちているものの、
鼓膜には異常がなく、
また聴力に関係する細胞にも異常がないということで、
「薬だけで回復するでしょう」という診断でした。

それから1週間ほど投薬治療を続け、
徐々に詰まったような感じは抜けてきましたが、
「当分の間、大きな音は避けるように」とのことで、
音楽活動を自粛している今日この頃です。

「突発性難聴」は、
早期に治療すれば完治するようですが、
放置しておくと本物の難聴になってしまう確率が高く、
注意が必要な病気です。

音楽関係者に多いんですね…

そういうわけで、
音楽の話題が少ないので、
今回は「ローカル鉄道と最果ての地」の続きをお話しします。
前回は、
序盤の西鉄沿線の話題でしたが、
今回は本題である、
唐津と門司港のお話しです。

唐津は九州北部の西端に近く、
JR筑肥線の終着、
西唐津の一つ手前に位置しています。

JR筑肥線は、
福岡市営地下鉄と乗り入れているため、
福岡空港から一本で行くことも可能です。

所要は博多から1時間20分程度というところでしょうか。

唐津は、
伊万里や佐賀へ通じるローカル線の起点であり、
駅こそ近代化されていますが、
雰囲気たっぷりの駅です。

ここは、
かつて豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に、
前線基地とした名護屋が近く、
その後も重要視され唐津城が作られました。

唐津城は代々、
徳川の譜代大名が治めていたことからも、
その重要度が伺い知れます。

この唐津城は、
玄界灘に面した高台にあって、
素晴らしい眺望を誇っています。





この海の先に対馬があって、
その先は韓国の釜山か…
そう思うと感動してしまいますね。

唐津からさらに西へ行くと、
イカで有名な呼子へ出て、
さらに玄界へ出るのですが、
この辺は神秘的なゾーンです。

また、
唐津城から東側には、
日本三大松原に数えられる、
虹の松原が5kmにわたって続き、
風光明媚なこと、
この上もありません。

観光客が少なかったところを見ると、
もしかすると穴場なのかも知れません。
あまり人の手が入っていないことも、
好感の持てるところです。

↓唐津城から虹の松原を望む(右上の黒い帯状の部分)



↓虹の松原から唐津城方向を望む(中央2本の煙突の下あたり)





さて、
唐津が九州北部の西端側だとすると、
門司港は東端側になります。

こちらは、
博多から新幹線を1駅だけ利用して、
小倉で鹿児島本線に乗り換えると、
1時間かからないで着いてしまいます。

鉄道は現在、
一つ手前の門司からトンネルで関門海峡を抜けますが、
1964年までは門司港から連絡船を使用していたそうで、
門司港駅はかつての最果ての駅として、
鉄道ファンの聖地と呼ばれています。

↓かつて長大な編成の客車が停車したと思われる、
 長〜いホーム



↓「ここまで」マークの車止め



関門海峡では、
対岸に下関が見え、
その間をかなりの速度で潮が流れ、
大型船が往来するという、
迫力ある光景を目の当たりにすることができます。

オススメは、
門司港と下関の間にある、
巌流島(武蔵と小次郎の決闘で有名)で、
徒歩30〜40分程度で一周できる無人島から、
両岸の光景を見ることができる、
絶景のスポットです。

こんなところで、
半日ぐらいボーッとしていたいなぁ…
できるなら一晩過ごしてみたいなぁ…
そんな場所でした。





関門海峡といえば、
平家物語で平家滅亡のくだり、
そして巌流島の決闘、
そして幕末の長州の反撃が始まった場所…
歴史の要所に登場する土地は、
今日も静かに時を刻んでいました。

一方、
門司港の街は、
横浜に似た雰囲気で、
若い人が多く、
古い町並みに、
可愛らしい雑貨がたくさん並んでいます。

そして、
焼カレーが名物で、
これは食べてみましたが、
なかなかの一品です。



とはいえ、
関東では、
あまり知られていないスポットですね。
私も地元の方に勧められるまでは、
まったく意識していない場所でした。

↓休日はトロッコ列車で関門橋の下まで行ける、





ということで、
ローカル鉄道に乗って、
最果ての地へ行ってみよう、
という企画ですが、
美味しいものを食べようも加え、
働き方改革の後押しを受けながら(笑)
今後も精力的に取り組んでみようと思います。

今回は、
呼子のイカだけ食べられなかったことが残念でした。
ここに限らず、
世界的にイカは不漁が続いているので、
将来は高級品になってしまうかも知れませんね。
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★ ILLUSTRATION BY nyao