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「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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  ★ プロフィール
HN:
matsuZACK
年齢:
56
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2017/09/03 (Sun)
先週の続きです。

というわけで…
レゲエにハマりつつあります。

とはいえ、
かつてブラック・ウフルなんか、
よく聴いたわけですが、
曲がどうのというよりも、
全体のノリが勝負なので、
流していることが多くなり、
正直なところ楽曲単位での思い出は、
あまりありません。
(みんな同じに聴こえてくる…(笑)

自分の人生において、
最初に耳にしたレゲエ・ナンバーは、
おそらく、
クラプトンによる「アイ・ショット・ザ・シェリフ」
と思われます。

たしか…
中学2年の時にラジオで聴いたと記憶していますが…
(1975年)

これは今から思うと、
当時流行していた、
ディスコミュージックのような…
いわゆる、
ファンクっぽく聴こえたので、
何の違和感もなく、
カッコイイ曲だと思ったものです。

次に、
ローリング・ストーンズは『ブラック&ブルー』に収録の、
「チェリー・オー・ベイビー」(1976年)

これは、
名曲「ハンド・オブ・フェイト」の次に収録されていて、
初めて聴いたときには、
「なんだこりゃ?フザケてんのか?」と、
ミック&キースの考えを計りかねたものでした。

まぁ…レゲエのレの字も知らなかった、
というところでしょうね。

それからしばらくして、
ポリスの『白いレガッタ』に至り、
やっと、
レゲエが何であるか知ることになるのですが、
これは新鮮でした。

このアルバムの収録曲では、
前のアルバムに収録されていた曲の
間奏部分を切り取ったタイトル曲と、
「ウォーキン・オン・ザ・ムーン」が好きで、

どちらの曲も、
フランジャーやエコーを使い、
ニュアンスに富んだコードを多用するギター、
ドライブ感満載のシンプルなベース、
スッカスカなのに躍動感あふれるドラムス、
にシビレまくったものです。

とくに、
「ウォーキン・オン・ザ・ムーン」のリズムは、
レゲエそのもので、
この感じが、
私のオツムにインプットされていることは確かです。

ボブ・マーリーと出会ったのは、
ポリスの後ぐらいで、
名盤『ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ』を聴き、
感動しまくっていました。

このアルバムでは、
「ノー・ウーマン、ノー・クライ」の、
包み込むような優しさが好きで、
今でもこれを聴くと胸が熱くなります。

ラッシュも、
1980年発表の『パーマネント・ウェイヴス』の1曲目で、
レゲエのリズムが登場するところがあり、
その後、
80年代の中期ぐらいには、
ポリスのようになってしまうのですが、
当時の欧米でレゲエが、
HIPな音楽であったことが窺えます。

1980年代に入ってからは、
ブラック・ウフルとか、
2000年に入ってからは、
スライ&ロビーのZEPカヴァーとか、
いくつか思い出すものはあれど…

まぁ、その程度の関わり方だったのです。

今回はいろいろな切り口から入ってみようか、
と企んでいるのですが、
超アフタービート志向の私にとって、
このノリはたまらなく心地よいことは確かで、
しかも、
ソウルやファンクと同じ匂いを感じているので、
何か収穫があるかもしれません。

世の中には、
まだまだ聴いたことのない音楽が、
たくさんあるんですね。


↓結局、この方々からの影響が強いようで…

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★2017/08/27 (Sun)
小学校から高校までの学生は、
今週で長い夏休みが終わりです。
(また朝の電車が混む…)

学生時代、
この時期になると、
宿題に追われながら、
夏の思い出にひたっていたりして、
なんとなく無気力になるものでした。

これは、
5月病ならぬ8月病と呼ぶのだろうか…

そんな今日は、
8月最後の日曜日ですが、
どことなく秋を思わせる空になっているせいか、
季節の移ろいを感じてしまいます。

歳をとるにつれて、
時間の経過が速く、
もう夏が終わって秋になるのかと、
学生時代とは違った感情で8月病になりそうな気配です。(笑)


今月発売された『Guitar Magazine』は、
そんな行く夏を惜しむかのように、
ジャマイカのギタリスト特集でした。

最近の『Guitar Magazine』は、
毎月気合いの入った特集で楽しませてくれますが、
今月はさらにパワーアップした感があります。

なにしろマニアック…

サラッと目を通したところ、
ボブ・マーリーぐらいしか、
知っているミュージシャンがおりませんでした。

こうなると逆に、
マニア魂に火がつくもので、
今日はiPhoneを片手に、
じっくりと読んでみました。

iTunesは偉大です。

いつも利用している、
2つのオンラインショップで、
入手困難もしくは廃盤と表示されても、
たいていの曲は入手可能です。

しかも、
アタマの数秒とはいえ、
試聴できるので、
その曲が好みに合うかどうか、
判別することができます。

おかげで、
今日はかなり、
ジャマイカの音を把握することができました。

いつものパターンだと、
ここからしばらく、
ジャマイカの音に浸るところなのですが、
試聴すればするほど、
「これは夏の音だよなーっ」(笑)

カラっとして、
まったりとしたノリ…
ストリートで大音響で流して踊るため、
ベースが強調されるサウンドが生まれたとか。

チャック・ベリー流のロックンロールは、
歌詞もノリも合わなかったようで、
独自の世界が形成されたそうです。

おもしろそうですねーっ。

もうひと月、
早く特集してくれれば、
暑い夏を楽しく演出することができたのに…
だからといって、
来年の夏まで封印しておくにはもったいないし、
さーて、
どうしよう。

秋に向かってジャマイカ三昧かな?(笑)


そうそう…
今回は、
このブログ500回目の記事になります。
記念すべき回だったわけですが、
週イチペースだから、
10年ぐらいの蓄積になるわけで、
ここでも歳月の流れに驚かされてしまいます。

まだまだ続きますからね(笑)


↓インパクトあり過ぎの1枚(笑)
 ジャマイカ3大ギタリストの一人、
 アール・チナ・スミスの若き日の勇姿(?)



↓で近影(キッタネーテレキャスに凄みが宿る)

★2017/08/13 (Sun)
んーっ

日本全国が夏休みに突入だし、
このブログも、
ここで一回お休みしようかと思ったのですが…

CHAR特集(?)の最後に取り上げた、
PANTAのソロアルバムを久しぶりに聴いたところ…

ちょうど今ぐらいの季節の、
ギラギラした都会の夕暮れを思い浮かべたので、
軽く書き残しておきましょう。


PANTAが頭脳警察を解散し、
いわゆる熱く燃えた、
1970年代初頭に決別を告げ、
ソロとして新たなスタートを切ったのが、
1976年…
前回紹介した『PANTAX’S WORLD』でした。

PANTAはこの後、
1979年の『マラッカ』発表以降、
HALを結成し、
続々とコンセプトアルバムを発表…

ちょうど、
フュージョンからニューミュージックへの過渡期にあたり、
今剛氏を中心としたメンバーの活躍もあり、
高く評価を得ることになります。

このため、
『PANTAX’S WORLD』と『走れ熱いなら』(1977年)
の2枚は、
頭脳警察と『マラッカ』の狭間になり、
まだ迷いのある中途半端な時期の作品と評価されています。

ところが私にとってのPANTAは、
まさにこの2枚…

熱い季節は過ぎたのに、
いまだに世の中に迎合できず、
自分の戦いにも決着がついていない…

まだ終わっちゃいねーよ
まだ燃え尽きちゃいねーよ

そんなギラギラした、
焦りとも苛立ちとも感じとれる、
なんとも言えないフラストレーションに満ち溢れた、
この雰囲気こそ、

身近に存在した、
等身大のヒーローである、
彼の真骨頂と思っています。

一つには、
この2作で起用したミュージシャンたちが、
これから世に出ようと、
野心ギラギラの若手たちであったことも
影響しているのではないでしょうか。

『PANTAX’S WORLD』のCHARはもちろん、
『走れ熱いなら』では、
ジョニー吉長氏や鳴瀬喜博氏、
山岸潤史氏などが、
いずれもムキ出しのナイフのように、
とんがったプレイを繰り広げています。
(とくにヤマギシの疾走感はスゴイっす…)

このイナたく、
やさぐれたファンクやブギは、
この時代ならではのもの…
PANTAはやっぱり、
都会の片隅で、
鬱屈した思いを抱えるニイちゃんでよいのです。

例えると、
『太陽にほえろ』のタイトルバックのような、
ギラギラと高層ビルの窓ガラスに反射する、
夏の夕暮れの光景のような…
私にとっては、
これが“青春”の象徴なのです。

そういえば、
この頃のライブでよく演奏していた、
「新宿A子バックル・ブギー」という曲は、
かなりお気に入りでしたが、
結局、
スタジオ録音はされませんでした…

暑い夏の夕暮れに、
あれこれ、
そんなことを思い出しました。


いまだに私は、
自分が青春時代にいる、
と思っているのです(笑)

★2017/08/06 (Sun)
竹中センパイ(CHAR)について、
あらためて書き始めたら、
いろいろ思い出すことが多くて、
簡単に終わらなくなってしまいました。

ということで今回は…

忘れちゃならない、
竹中センパイのセッション・ワーク、
他人名義の作品における、
名演について語りたいと思います。

『PANTAX’S WORLD』(1976年)



かつて歌謡曲などのレコードでは、
バックミュージシャンの名前を記載することがなく、
したがって下積み時代の竹中センパイのプレイを探すのは、
そんなに簡単なことではありませんが、
この作品では、
大阪が誇るブルース・ギタリスト、
塩次伸二氏(故人)とともに、
CHARの名前がクレジットされています。

このアルバムは、
頭脳警察を解散したPANTAの初ソロ作品であるだけでなく、
「屋根の上の猫」や「マーラーズ・パーラー」といった、
後にライブの定番となる曲が収録されている、
PANTAのキャリアにおいて、
たいへん重要な作品です。

CHARもこの時点では、
スモーキー・メディスンが解散し、
ソロデビューを模索していた段階なので、
のびのびとしたプレイをしています。

ホーンセクションが入っていることもあり、
全体にギターの音量が低くミックスされているので、
前述の「屋根の上の猫」や「マーラーズ・パーラー」では、
目立ったプレイは聴けないものの、

「明日天気になれ」のメロウなプレイと、
「三文役者」冒頭の荒っぽいプレイは、
明らかにCHARにスポットが当たっており、
ファン必聴の曲となっております。

とくに私が気に入っているのは、
「明日天気になれ」で、
例のゴールドトップのレスポール(※)
と思われる絶妙のトーンで、
爪弾くようなバッキング、
そして、
ブロークン・コードによる(和音の構成音を中心とした)
秀逸なソロを披露しています。
(※ 1956製 P90ピックアップ搭載)

こんな、
さりげないプレイで伺える、
センスの良さはさすがと言えますが、
この曲はキャリアの中でも、
トップクラスに入る名演だと思います。

ところで…

なぜ、
このトーンをレスポールと推察するのかといえば、
後年のインタビューでCHARが、
「闘牛士」と「Wondering again」をレスポールでプレイした、
と答えていて、
そのトーンとこの「明日天気になれ」のトーンが、
よく似ているからなのです。

ちなみに、
トグルスイッチは真ん中、
と思われます。

前回のコメントで書いた、
「Under my skin」も同じく、
レスポールによるプレイだと思いますが、
竹中センパイは、
メロウなバッキングをやる際に、
レスポールを選ぶことが多いようです。

対する「三文役者」では、
どうやらムスタングを使っているようで、
激しいスクラッチとアーミングはまさに、
ジミヘン直系のプレイといえるでしょう。

後半のギターソロは残念ながら、
ホーンがかぶってしまい、
よく聴こえないのですが、
後にトレードマークとなるプレイが、
すでに確立されていることがわかります。

ソロデビューを前にして、
この存在感。
やはり、
タダモノではなかったことを証明しています。


『HEAVY MOON』アン・ルイス(1983年)



実質は、
ピンク・クラウド with アン・ルイスという感じで…
(実際にこのメンツでライブもやっていました)

プロデュースも任された竹中センパイは、
インストをやったり、
自身のソロアルバムに収録していた「Navy blue」をやったり、
もうやりたい放題です。

とはいえ、
そこは竹中センパイのこと。
しっかり要所は押さえ、
アン・ルイスの、
ロックシンガーとしての資質を、
うまく引き出した作品に仕上げています。

収録曲のほとんどが、
CHARによるものですが、

秀逸なのは、
「Glass cup upside-down」と「Dot in my heart」で、

「Glass cup upside-down」は、
恋愛の場面における、
男女の微妙な意識の差を、
アンとCHARのヴォーカルの掛け合いで表現していますが、

曲調はCHARお得意の、
「Shinin’ you, shinin’ day」風、
(またはボズ・スキャッグス風とでも言おうか…)の、
マイナーセブンスやメジャーセブンスを多用した、
オシャレなコード進行となっています。

男「グラスを逆さまにしてごらん、何が見えるかな」
女「時間を浪費したくなければ、男なんて信じちゃダメよ」

夢見る男と現実的な女…(笑)

これに対して、
「Dot in my heart」は正統派のバラードで、
失恋によってカラッポになった
心の隙間が歌われています。

ここでのアン・ルイスの歌唱は
素晴らしいの一言に尽きますが、
そこに絡む、
CHARのギターもまた見事…
ギターソロの後で、
思わず溜息がもれてしまいます。

竹中センパイのギターは、
透明度が高くしなやかなので、
女性ヴォーカルとの相性がバッチリなのだと思います。

こちらのアルバムでの使用ギターは、
ストラトでしょう。
いわゆる、
ピンク・クラウドの音なのです。


このように、
竹中センパイは、
自身の作品だけでなく、
他のミュージシャンの作品でも、
稀代のセンスを発揮しているので、
参加作品は要チェックです。

そして、
これらの作品を聴くと、
竹中センパイは、
天才などという簡単な言葉では片付けられない、
バツグンのセンスと表現力を持っていることがわかります。

ソウルやファンクに対する研鑽を深めるとこうなるのか…
いずれにしても、
ここまで極めた日本人アーティストが、
他にいないことだけは間違いありません。

★2017/07/30 (Sun)
さて今回は、
主要な作品を語る形式で、
ピンク・クラウド解散あたりまでの、
CHARの軌跡を追ってみたいと思います。

『CHAR』1976年発表。



若干21歳の作品ではありますが、
この1枚にCHARのすベてが凝縮されている、
と言っても過言ではないでしょう。
それほど完成度が高く、
また後進に与えた影響力の大きい作品です。

「Smoky」が不朽の名曲であることは、
いまさら言うまでもありませんが、
私にとっては何度も言うように、
「Shinin’ you, shining’ day 」の、
垢抜けたコード感覚の方が衝撃で、
いまだにこちらを聴くことが多いようです。

それと、
日本語の歌詞が面白くて…
(当時のCHARは、
日本語の歌詞には英語の表現を混ぜず、
純粋に日本語だけで歌っています)
「かげろう」とか「空模様のかげんが悪くなる前に」
をよく聴きました。

「かげろう」は、
コテコテのファンクチューンに、
純和風の歌詞がよく合っていて、
私にとって、
毎年初夏になると思い出す曲になっています。

歌謡曲路線まっしぐらだった時代の、
『HAVE A WINE』と『THRILL』は、
リアルタイムでは意識的に無視しておりましたが、
(正直なところ、
カッコよすぎて反感を抱いていた(笑)
なにしろこちらも、
生意気盛りの高校生だったもんで…)
「闘牛士」と「Wondering again」(ともに『THRILL』収録)
の2曲はお気に入りでした。

当時の『Player』誌では、
この『THRILL』の制作状況がレポートされていて、
「これからゴダイゴと活動するのか?」
と思っていたら、
それは実現せず(大人の事情があったようです…)
ジョニー・ルイス&チャーに至るわけです。

ジョニー・ルイス&チャーも、
『Player』誌ではよく動向が取り上げられており、
アルバムを発表する前から期待が高まっていました。

デビュー・アルバム『FREE SPIRIT』については、
別の場所(『web-magazine GYAN GYAN』)でたっぷり書いているので、
それを参照してもらいたいのですが、
一つ加えるとすれば、
後に発表された『完全盤』(2004年)について…

当時、
同じ作品の無修正盤として話題を呼んだわけですが、
かつて熱狂した『FREE SPIRIT』に、
どれだけ修正が加えられていたかわかってしまい、
「CHARもライヴではこのぐらいミスするんだ〜」
とミョーな安心を抱いたのと同時に、
「これは発表しなくていいじゃん」と思ったことも事実で、
ファンの心理とは複雑なものであります。

ジョニー・ルイス&チャーから、
改名してピンク・クラウドに至ると、
時代を下るにつれて、
サウンドが重たく(暗く?)なってきて、
『CHAR』の頃の軽さというか、
透明感が、
次第に薄れてきたことが少々残念でした。

ライヴの雰囲気も、
ジョニー・ルイス&チャーの頃のように、
適度にジャムっぽい、
リラックスした雰囲気ではなく、
もっとカチっとしたバンド然とした感じに変化していました。

アルバム発表のペースもかなりのスピードで、
粗製乱造的な内容のものもあったと思われるのですが、
ここ一発と言うタイミングで、
濃い内容の作品を残しているのはさすがです。

ピンク・クラウドと改名する直前に発表された、
『OiRA』(1981年)
そして、
ピンク・クラウドとしての3枚目にあたる、
『PINK CLOUD』(1983年)



はともに収録曲を絞り、
ヘヴィーな質感でありながら、
従来の持ち味であるファンクっぽさが生かされた、
傑作と評価しています。

「Head song」「Stuck in my brain」
インストの「Pink cloud」などの衝撃は大きく、
いまだにこれらを聴くと血が騒ぎます(笑)

ちょうどこの頃は、
我がバンド、
LOOSE CONNECTINが始動した時期と重なり、
大いに参考にさせていただいた記憶があります。


ピンク・クラウドのスタジオ作品としては最後になる、
『INDEX』(1990年)はカラフルなサウンドが、
うまくまとめられた傑作です。



とくに、
この頃のCHARは、
バンドと並行してBAHOで活動していたせいか、
アコースティックギターをうまく取り入れており、
「Blue cloud」「Halfrain」といった、
魅力的な曲を生み出しています。

あの独特のコードを、
アコースティックギターで弾かれると、
たまらなくエキゾチックな感じになるのです。

このアルバムには、
「Freedom」という、
ジミヘンチックな曲も収録されているのですが、
これはジミヘンがさらにスマートになった感じで、
CHARが影響を受けたミュージシャンを、
どれだけ自分のモノにしているか、
よくわかるサンプルです。

それから最後に、
ピンク・クラウド解散後に発表されたソロ・アルバム
『I’m gonna take this CHANCE』(1999年)は、
デビュー作『CHAR』が歳月を経て成熟したような感じで、
個人的にはたいへん評価している作品です。

『CHAR』の頃の瑞々しさが、
コンセプトはそのままで、
適度に熟したようなサウンドに昇華しており、
「Today」という曲は、
『Shinin’ you, shining’ day』がつながっているようで、
これまた熱心にコピーしたものです。

デビュー当時の、
ボズ・スキャッグス的なノリが、
しっかりと、
1990年代の、
グルーヴィンなノリに変わっているあたりは、
「さすが竹中センパイ」というところてす。

さて、
個人的に振り返ってみると、
ジョニー・ルイス&チャーの頃の、
テキトーにジャムっている感じがもっとも好きで、
『FREE SPIRIT』と『TRYCYCLE』で聴こえる、
ムスタング・サウンドがもっとも好きなのですが、
長きに渡り、
私の関心のド真ん中にいたCHARは、
やはり偉大な存在であると言わざるを得ないでしょう。
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★ ILLUSTRATION BY nyao