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「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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HN:
matsuZACK
年齢:
55
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2017/03/12 (Sun)
2月以来、
ジャズファンク関係のコレクションを増強しつつ、
その周辺のディスクばかりを聴いております。

ここまで一つのカテゴリーにこだわるのは、
2011年頃にジャズギターにハマって以来ですが、
ムッシュの遺言よろしく…
狂ったように凝れば凝るほど、
私は一人の人間として、
幸せな道を歩いているのでしょう(笑)

さて、
そんなここ1ヶ月の間に、
5枚のディスクを入手したのですが、
今のところ、
もっとも気に入っているのが、
ジョー・パスの『ベター・デイズ』です。



まず一言。

ジャケが…
ダサいっす(笑)

ジョー・パスはいまさら言うまでもない、
ジャズギターの巨匠であり、
私はかねがね、
世界でいちばんギターが上手い人であり、
非の打ち所がないテクニシャンである、
と思っています。

そのジョー・パスが、
西海岸のスタジオミュージシャンたちと、
8ビートを主体とするファンクなリズムをバックに、
ジャズギターを弾いたのが、
この作品です。

彼の作品の中では、
かなり異色の企画といえるでしょう。

発表は1971年。

1970年代中盤以降の、
フュージョン系16ビートの細かいノリとは違い、
ソウルの影響が強く残る8ビートのノリがイカしていますが、
他の作品に比べて、
かなり抑えているギターとほどよくバランスが取れており、
たいへん気持ちよく聴けるディスクです。
(トータル30分強というのもちょうどよい感じ)

これはいいですよ。
ジャケを見て敬遠しないでください。

ジョー・パスのギター以外だと、
エレクトリックベースの音が、
ものスゴくイイ音で…
これは、
このアルバムの制作リーダーが、
キャロル・ケイという女性ベーシストであることによるかもしれませんが…
聴き手を気持ちよくさせるツボかもしれません。

オープニングのタイトル曲がとにかくカッコいい。
そしてジョー・サンプル作の2曲目「Free Sample」も素晴らしい。
その後も要所にイカしたファンクチューンをはさみ、
キャロル・キングの「It’s too late」のカバーがクライマックス。
ラストのイントロでは、
なんと『ヴァーチュオーソ』的なソロギターも飛び出し、
聴きどころ満載であります。

私が購入したディスクは、
オリジナルの10曲の後に、
ジョー・パス、
キャロル・ケイ、
そしてポール・ハンフリー(ドラムス)による、
完全なトリオのセッションがもう10曲収録されており、
グリコのキャラメルのように(古いか…)
2枚分楽しめるようになっています。

こちらはシンプルな編成なので、
また違った楽しみ方ができます。

とにかく、
これは素晴らしい。
ひさしぶりで隠れた名作に出会った感じです。
断言しますが、
ジョー・パスの代表作としてよく知られた作品と比べ、
まったく遜色のない内容となっています。

彼は名盤『ジャンゴ』では、
ピアノではなく、
リズムギターを入れて、
独特なノリを作り上げていましたが、
意外とリズムアプローチに関心が強かったのかもしれません。

そしてこのように、
さまざまな形態のリズムに適応できる柔軟性こそが、
ジョー・パスの真価なのかもしれませんね。

一方、
私は個人的に、
『ベター・デイズ』を聴いて、
何か悟るものがありました。

それは…しばらく時間が経過すると、
なんらかの形になって表れることでしょう。
乞うご期待かな?

それにしても…

クドイようだけど、
ジャケットだけ、
もう少しなんとかしてほしかったです。

ジョー・パスらしいといえば、
それまでだけど…
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★2017/03/05 (Sun)
2017年3月1日
かまやつひろしさん逝去
享年78歳

昨年の後半にテレビで放映された、
マチャアキの満70歳記念番組に出演した映像を見て、
あーっ長くないかも…と思っていましたが、
ついに逝ってしまいましたね。

ムッシュは、
一言で言えば、
自由人…
デビューシングル「フリフリ」のジャケット撮影に、
寝坊して遅刻したため写っていないことは有名ですが、
ロック派(かつてはロック派、フォーク派と分かれたものです)でありながら、
吉田拓郎にプレゼントされた「我が良き友よ」をヒットさせてしまったり、
とにかく何にも束縛されず、
気ままに好きなことに取り組んだのです。

そしてオシャレで、
時代の最先端に敏感でした。

つい最近まで、
孫ほども年齢の離れたミュージシャンとバンドを組んだりして、
つねに若い人たちと交わり、
流行を捉えようとしていました。

その飽くなき好奇心には敬服するばかりです。

最近、
ジャズファンクの話を続けていましたが、
ちょうどそのブームの真っ只中、
1994年にブランニューヘヴィーズと制作した、
セルフカヴァーを含む『Gauloise』という作品が素晴らしくて、
よく聴いたものですが、
今から23年前…
つまりムッシュ55歳のときの作品であり、
なんと、
今の私と同じ年齢ということになり、
ますます、
頭が下がってしまいます。

不思議なことに、
ちょうど今から5年前、
2012年3月25日に、
この場所で、
そんなムッシュに敬意を払った文章を掲載したことがあります。

今回は、
偉大なる大先輩にあらためて敬意を表し、
そのときの文章を再掲したいと思います。

安らかに眠ってください。


☆ROCKのある風景(2012年3月25日)
 「ムッシュかまやつ」

前回紹介したウォッカ・コリンズですが、
中心人物であるアランと大口は、
元スパイダーズ、
かまやつひろしのバックバンドにいました。

かまやつさんは、
このバンドをたいへん気に入っていたようで、
よくステージに乱入していたばかりか、
再結成後は正式なメンバーになっていました。

かまやつさんは、
音楽を軽やかに、
そしてオシャレにキメることにかけては、
天下一品ですが、
ウォッカ・コリンズは、
そんな彼の琴線に触れるバンドだったんでしょうね。

じつは最近、
私が目標にしているのは、
このかまやつひろしさんです。
いくつになっても、
軽やかに、
そしてオシャレに…、
飄々とした雰囲気は、
まさしく私の目指す、
これからの10年以降のあるべき姿です。

かまやつさんの信念は、
名曲「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」
の歌詞に表現し尽くされているので、
以下、
歌詞全文を掲載してみます。
とくに、
3番と4番が要注意です。

---------------------------------------------------------------------

ゴロワーズというタバコを吸ったことがあるかい
ほらジャン・ギャバンがシネマの中で吸ってるやつさ
よれよれのレインコートの襟を立てて
短くなるまでヤツは吸うのさ
そうさ短くなるまで吸わなけりゃダメだ
短くなるまで吸えば吸うほど
君はサンジェルマン通りの近くを
歩いているだろう

ゴロワーズというタバコを吸ったことがあるかい
一口吸えば君はパリにひとっ飛び
シャンゼリーゼでマドモアゼルに飛び乗って
そうだよエッフェル塔と背比べ
ちょっとエトワールの方を向いてごらん
ナポレオンが手を振っているぜ
マリー・アントワネットも
シトロエンの馬車の上に立ち上がって
「ワインはいかが?」と招いている

君はたとえそれがどんなに小さなことでも
何かに凝ったり狂ったりした事があるかい
たとえばそれがミック・ジャガーでも
アンティックの時計でも
どこかの安いバーボンのウィスキーでも
そうさ何かに凝らなくてはダメだ
狂ったように凝れば凝るほど
君は一人の人間として
幸せな道を歩いているだろう

君はある時何を観ても何をやっても
何事にも感激しなくなった自分に
気がつくだろう
そうさ君はムダに歳をとり過ぎたのさ
できる事なら一生
赤ん坊でいたかったと思うだろう
そうさすべてのものが珍しく
何を見ても何をやってもうれしいのさ
そんな風な赤ん坊を
君はうらやましく思うだろう

---------------------------------------------------------------------

かまやつさんは1990年代以降、
ヒップホップに興味を持ったようで、
この曲をそれ風にアレンジして、
その系統の海外のミュージシャンを招き、
『Gauloise』というアルバムを発表しました。

これが素晴らしい。

かまやつさんは1939年生まれですから、
1990年代には、
もう50歳を超えていたわけですが、
当時流行の音楽に刺激され、
それを取り入れるとは…、
何という柔軟なアタマなんでしょう。

これこそ見習うべき…。

最近もCHARの番組に出演して、
このような、
高校生のような会話をしており、
ますます音楽に対する好奇心盛ん、
といったところです…、
って…、
もう70歳を超えているわけですか?

スゴいですね~。
カツラを使おうが何しようが(笑)
外見を維持して、
気持ちも維持する…、
「こういう人に私はなりたい」
と思う今日この頃です。
★2017/02/26 (Sun)
『Guitar magazine』3月号の特集、
「進撃のジャズファンク」に刺激されて購入した、
2枚のアルバムがあまりに素晴らしく、
すっかりハマっている今日この頃です。

今回はその1枚、
メルヴィン・スパークスの『テキサス・ツイスター』を紹介します。

1973年発表のこの作品、
ラッキーなことに、
紙ジャケ仕様で発売された
リマスター盤を手に入れることができました。

LP時代はA面3曲、B面4曲で
全7曲。
リマスターに際して、
余計なボーナストラックは追加せず、
オリジナルのまま、
トータル40分弱の演奏。

潔いですねーっ。

というか、
CDが普及してから収録時間が長くなり、
15曲以上で60分を超える作品が当たり前の世の中ですが、
このぐらいのヴォリュームがちょうどよいのです。

呑み切りサイズのボトルみたいですな…(笑)

オープニングは、
気合の入ったファンクナンバー「Whip! Whop!」
疾走チューンですが、
ホーンセクションがパッパッ!とリフを切り込むパターンは、
典型的なJBスタイルといえるでしょう。



メルヴィンのギターは、
曲調に合わせて、
それなりに弾きまくっていますが、
ブチ切れている感じではなく、
キレイにバンドの枠におさまっています。

これは、
この作品の特徴ですが、
ギタリストの作品でありながら、
ギターが突出することがなく、
バンドとしてのバランスを重視しています。
これが結果として、
うねるような大きなグルーヴを生んでいるのです。

これもJBスタイルの特徴かもしれませんね。

相棒のオルガン奏者(シーザー・フレイジャー)が活躍する、
2曲目「Gathering Together」は、
ラテンっぽいナンバーですが、
このラテンのフレイバーは、
ジャズファンクを構成する重要な要素です。

冒頭の2曲は、
ジャズファンクを知るには格好のナンバーと言えるでしょう。

3曲目「Judy’s Groove」は落ち着いたテンポのファンク。

そして、
アルバムタイトルになっている4曲目、
「Texas Twister」は、
タイトでイカしたリフが印象的なファンク。

5曲目「Ain’t No Woman」はフォー・トップスのヒット曲。
6曲目「I Want Talk About You」はコルトレーンのカヴァー。
シットリした曲が並ぶこのあたりが、
このアルバムのハイライトです。

最後は、
疾走するジャズナンバー「Star In The Crescent」で幕を閉じます。

4曲目からラストにかけて…
LP時代のB面の流れが素晴らしく、
ついつい、
ここから聴いてしまいます。

1曲1曲の完成度が高い上に、
丁寧に作った制作サイドの意図が伝わってくる、
そんなアルバムです。

メルヴィン・スパークスは、
ジャズファンクが再評価された、
アシッドジャズ・ブーム真っ只中の1993年に、
バーナード・パーディのバンドの一員として来日し、
その実力を見せつけてくれました。

2011年に65歳で逝去したメルヴィンですが、
どのアルバムジャケットを見ても、
人の良さそうな笑顔が印象的です。

これもジャズファンクの成せる技でしょうか。

みんなで盛り上がって楽しくやろうぜーってね。
★2017/02/19 (Sun)
『Guitar magazine』の今月号の特集です。



ちなみに先月は「ブルース最強説。」で、
これも今月と同じような表紙でした。



『Guitar magazine』編集部に
何が起きているのかはわかりませんが、
『レコードコレクターズ』なら頷けるような
マニアックなテーマに、
思わず反応してしまった私です。

さて、
ジャズファンクですが…

1970年代の初頭、
台頭するファンクのリズムを取り入れ、
踊れるジャズを演奏した、
プレスティッジ・レーベルを中心としたミュージシャンの一群。

当時は「妥協の産物だ」などと言われ、
ジャズファンからは無視され、
歌がないためメッセージ性に欠けるのか、
ファンクファンからのウケもイマイチで、
いつのまにか衰退したものの、

その後、
フュージョン・ブームで、
ロックとジャズの融合は市民権を獲得し、

さらに、
1980年代後半のクラブブームで、
格好のサンプルネタとして注目を浴び、
かつて評価されなかった作品が続々と再発され、
渋谷界隈のレコードショップを賑わした、
数奇なムーヴメント。

今では、
J-POPをはじめ、
世界中で当たり前になった、
16ビートのサウンド…
その原型がジャズファンクと言えないこともなく、
たしかに、
このタイミングで取り上げる意味はあるのかもしれません。

私は、
前述のクラブブームの頃に、
このようなムーヴメントの存在を知り、
名ドラマー、
バーナード・パーディのソロや参加作を中心に、
LPをコレクションしたものですが、

どうやら、
そのノリと相性がよかったようで、
しっかり、
その後の私の音ネタの基盤になっています。

1991年に制作した、
2作目の宅録作品集は、
モロにその影響を感じさせていたりします。

しかし、
今回は驚きました。
なぜなら、
そんなジャズファンクの、
ギタリストにスポットを当てた企画だったからです。

こんなの見たことがありません。

それ以前に、
ここで紹介されているギタリストの作品のほとんどを、
初めて知りました。

これはショーゲキです。

さらに、
紙面で強調されていた、
ジャズファンクのギタリストは
ペンタトニックのみで勝負している、
と言うフレーズ…
ペンタトニックでジャズに対応する?

これは革命です。

ペンタトニックは、
ブルースから発展した、
シンプルな5つの音で構成されるスケールで、
ブルースの強い影響下にある、
ロックでも当たり前のように使われています。

有名なところでは、
レッド・ツェッペリンの「天国への階段」のギターソロは、
ほぼペンタトニックのみで構成されております。
この演奏を聴くと、
ギターを弾かない人でも、
イメージがつかめるのではないでしょうか。

私は、
この10年ほど、
自身の骨の髄まで染みついてしまった、
ペンタトニックをベースにフレーズを組み立てることを、
なんとか変えられないか、
と悪戦苦闘してきました。

様々な音楽を通過してみると、
この単純明快なワンパターン具合が、
なんともイモっぽくてイカさない、
と思えてならなかったからです。

そこで、
ジャズギターに注目し、
その技を身につけるべく、
有名曲をコピーしたり、
理論をかじったりしたのですが、
これはまた、
非常に難易度が高く、
いまだにアドリブに対応できません。

長年に渡り、
身についてしまった運指のパターンは、
そう簡単に変えられるものではないのです。

そんな私にとって、
今回の特集は、
天から差し込んだ、
一条の救いの光と思えてなりません。

早速、
自身の誕生日祝いとばかり、
バーナード・パーディのバンドに参加していた、
メルヴィン・スパークスのソロ『テキサス・ツイスター』と、
オドネル・リーヴィーの『シンバ』を購入し、
その極上のグルーヴに合わせギターを弾いて見たら、
あら不思議…
ペンタトニック一発でイケるじゃありませんかーっ。

とはいえ、
その演奏はどう聴いても、
ジャズにしか聴こえません。

これは研究するしかありませんね。

私のペンタトニック・コンプレックス、
そしてジャズギターに対するコンプレックスが、
解消されるかもしれません。

んーっ
新年早々なんたることだ。

しかし、
問題は左の五十肩だ。
ずっと拒否してきたけれど、
病院へ行って注射してもらおうかな?(笑)
★2017/02/05 (Sun)
2017年1月31日ジョン・ウェットン逝去、享年67歳。

後期キング・クリムゾンの
『Lark's Tongues in Aspic』と『Starless and Bible Black』
を初めて聴いたときの衝撃を思い出します。

ロバート・フリップは当時、
彼のことを“英国No1ベーシスト”と絶賛していました。

ドイツの音楽番組「ビートクラブ」の映像で、
1973年『Lark's Tongues in Aspic』発売当時の、
貴重な演奏シーンを見ることができます。
(曲はなんと「Lark's Tongues in Aspic part1」…)

そこでは、
ビル・ブラッフォードとジェイミー・ミューアという、
二人の打楽器奏者の中央に位置し、
バンドの演奏をリードしている、
ジョンの姿を確認することができます。

この映像を見た私は、
変幻自在なリズムセクションと、
その外側で演奏に色彩を添える、、
デヴィッド・クロスのヴァイオリンとロバート・フリップ…
これこそが、
後期キング・クリムゾンの正体だと悟ったものでした。

これは、
1990年代の後半になって発売された、
未発表ライヴの中の一枚『The Nightwatch』
(1973年11月23日アムステルダムのライヴ)
なども同様で、
ライヴ音源を確認するたびに、
ジョン・ウェットンのベースが、
このバンドの中心であったことがよくわかります。

細身の長身で、
ごっつい、
フェンダー・プレジションベースを操る姿は、
まさに凄腕ベーシストそのものでした。

そんなジョンは、
キング・クリムゾン解散後、
次から次へと、
英国の名門バンドを渡り歩くことになります。

ユーライア・ヒープ、
ロキシー・ミュージック、
UK、
ウィッシュボーン・アッシュ、
そしてエイジア…

ちょっと節操がないんじゃないかい?
と戸惑っていたファンは、
エイジアを見て、
ついに「裏切り者」と呼ぶようになりました(笑)

いや、
そもそも彼は、
キング・クリムゾン時代でも、
「Exile」や「Starless」で見事なノドを披露していたし、
ロキシー・ミュージックに参加した事から、
ポップな音に興味があったことも窺えるし、
札束に魂を売り渡してエイジアに参加したわけではないのですが、
コアなファンはそれを許さなかったのでした。

以降、
あまり前衛的でコアな作品には参加しなかった、
ジョン・ウェットン。
訃報に接して、
ひさしぶりで聴いた後期キング・クリムゾンの演奏は、
あまりに凄まじく、
そして圧倒的でした。

ここでの数年間で、
やるべきことをやり尽くしてしまったのかな?

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★ ILLUSTRATION BY nyao