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「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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  ★ プロフィール
HN:
matsuZACK
年齢:
55
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2017/08/20 (Sun)
8月11日の山の日を皮切りに、
旧盆をはさんだ夏期休暇のピークも、
そろそろ終わりを迎えようとしています。

私は8月11日からの3連休の後、
14日のみ出社し、
その後有給休暇を取得したので、
3連休、1日出社、6連休ということになり、
すっかり定職についていることを忘れていましたが、
明日からまた元の生活に戻らなくてはなりません…

したがって現在、
かなりユウウツな心境です(笑)

休みの後半は、
高齢の母が足腰の丈夫なうちに、
ぜひ一度、
戦時中に学童疎開へ行った、
野沢温泉を訪ねたいというので、
長野県北部を旅してきました。

旅といえば、
風景写真と鉄道写真ということで、
今回は、
旅行で撮影した画像を公開したいと思います。

iPhoneの進化にともない、
写真家気取りの人が多くなっているようですが、
私もご多分にもれずその一人になっています(笑)

↓夜の野沢温泉…まるで「千と千尋」の世界





↓古くから村人の生活に欠かせない麻釜



↓野沢スキー場の稜線を伝うリフト



↓斑尾高原(標高1000m)から斑尾山(1382m)を望む



↓あっという間に霧が立ち込め、あたりは幽幻の世界



↓そして、
長野電鉄でお目にかかった、
元営団地下鉄(現:東京メトロ)3000系



この車両は、
1961年(昭和36年)3月28日、
日比谷線開業と同時に導入された車両で、
スキン・ステンレス車体(無塗装)、
2両1ユニット方式の編成、ATCの採用など、
当時の最先端技術が盛り込まれ話題になりました。

最盛期には、
日比谷線に38編成304両が在籍していましたが、
1994年(平成6年)7月23日、
03系に後を譲り全車廃止され、
一部が長野電鉄に売却されました。

私がお目にかかったのは、
このうちの2両です。



ちなみに、
長野電鉄鉄道事業は、
平成14年(2002年)河東線の一部(通称:木島線)、
平成24年(2012年)屋代線が廃止され、
現在は長野線の長野~湯田中間のみの営業となっており、
少々さびしいところではありますが、

ご覧の通り、
3000系は赤い帯を巻いて、
長野電鉄仕様にはなっているものの、
往年の美しい姿で元気に働いておりました。

なつかしい…
私はおよそ40年前、
中学から高校2年までの5年間、
毎日この車両のお世話になりました。

当時は冷房が装備されておらず、
また北千住~上野間は殺人的な混雑で、
LPレコードが割れてしまったり、
たいへんな騒ぎでしたが、
今となってはなつかしい思い出です。

余談ですが…
始発の竹の塚から終点の中目黒まで、
座って寝たまま到着し、
駅員に起こされて初めて気がついた、
というツワモノもおりましたね…(笑)

↓前面に曲面ガラスが採用され、
独特の風貌から「マッコウクジラ」と呼ばれていた。



長野電鉄にはこの他、
東急や小田急ロマンスカー、成田エクスプレスの初期型など、
ファンにとってはたまらない車両がゴロゴロ走っております。
全盛期のようにいくつかの支線があれば、
もっと楽しめるでしょうね。

なにしろ、
仕事以外で長野を訪れたのは、
初めてのことで、
景色は綺麗だし食べ物は美味しいし、
すっかりファンになってしまいました。

(西澤餅店のおやきは絶品、
野沢グランドホテルの料理は最高…
さらに付け加えておくと、
私の好きな日本酒が多いのは、
山口県、石川県、そしてこの長野県でした…)

機会を見て、
定期的に訪れてみたい土地ですね。

↓千曲川を望む(飯山城址公園から)



ああ…こんなことを言っていると、
さらに明日がユウウツに…(笑)

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★2017/08/13 (Sun)
んーっ

日本全国が夏休みに突入だし、
このブログも、
ここで一回お休みしようかと思ったのですが…

CHAR特集(?)の最後に取り上げた、
PANTAのソロアルバムを久しぶりに聴いたところ…

ちょうど今ぐらいの季節の、
ギラギラした都会の夕暮れを思い浮かべたので、
軽く書き残しておきましょう。


PANTAが頭脳警察を解散し、
いわゆる熱く燃えた、
1970年代初頭に決別を告げ、
ソロとして新たなスタートを切ったのが、
1976年…
前回紹介した『PANTAX’S WORLD』でした。

PANTAはこの後、
1979年の『マラッカ』発表以降、
HALを結成し、
続々とコンセプトアルバムを発表…

ちょうど、
フュージョンからニューミュージックへの過渡期にあたり、
今剛氏を中心としたメンバーの活躍もあり、
高く評価を得ることになります。

このため、
『PANTAX’S WORLD』と『走れ熱いなら』(1977年)
の2枚は、
頭脳警察と『マラッカ』の狭間になり、
まだ迷いのある中途半端な時期の作品と評価されています。

ところが私にとってのPANTAは、
まさにこの2枚…

熱い季節は過ぎたのに、
いまだに世の中に迎合できず、
自分の戦いにも決着がついていない…

まだ終わっちゃいねーよ
まだ燃え尽きちゃいねーよ

そんなギラギラした、
焦りとも苛立ちとも感じとれる、
なんとも言えないフラストレーションに満ち溢れた、
この雰囲気こそ、

身近に存在した、
等身大のヒーローである、
彼の真骨頂と思っています。

一つには、
この2作で起用したミュージシャンたちが、
これから世に出ようと、
野心ギラギラの若手たちであったことも
影響しているのではないでしょうか。

『PANTAX’S WORLD』のCHARはもちろん、
『走れ熱いなら』では、
ジョニー吉長氏や鳴瀬喜博氏、
山岸潤史氏などが、
いずれもムキ出しのナイフのように、
とんがったプレイを繰り広げています。
(とくにヤマギシの疾走感はスゴイっす…)

このイナたく、
やさぐれたファンクやブギは、
この時代ならではのもの…
PANTAはやっぱり、
都会の片隅で、
鬱屈した思いを抱えるニイちゃんでよいのです。

例えると、
『太陽にほえろ』のタイトルバックのような、
ギラギラと高層ビルの窓ガラスに反射する、
夏の夕暮れの光景のような…
私にとっては、
これが“青春”の象徴なのです。

そういえば、
この頃のライブでよく演奏していた、
「新宿A子バックル・ブギー」という曲は、
かなりお気に入りでしたが、
結局、
スタジオ録音はされませんでした…

暑い夏の夕暮れに、
あれこれ、
そんなことを思い出しました。


いまだに私は、
自分が青春時代にいる、
と思っているのです(笑)

★2017/08/06 (Sun)
竹中センパイ(CHAR)について、
あらためて書き始めたら、
いろいろ思い出すことが多くて、
簡単に終わらなくなってしまいました。

ということで今回は…

忘れちゃならない、
竹中センパイのセッション・ワーク、
他人名義の作品における、
名演について語りたいと思います。

『PANTAX’S WORLD』(1976年)



かつて歌謡曲などのレコードでは、
バックミュージシャンの名前を記載することがなく、
したがって下積み時代の竹中センパイのプレイを探すのは、
そんなに簡単なことではありませんが、
この作品では、
大阪が誇るブルース・ギタリスト、
塩次伸二氏(故人)とともに、
CHARの名前がクレジットされています。

このアルバムは、
頭脳警察を解散したPANTAの初ソロ作品であるだけでなく、
「屋根の上の猫」や「マーラーズ・パーラー」といった、
後にライブの定番となる曲が収録されている、
PANTAのキャリアにおいて、
たいへん重要な作品です。

CHARもこの時点では、
スモーキー・メディスンが解散し、
ソロデビューを模索していた段階なので、
のびのびとしたプレイをしています。

ホーンセクションが入っていることもあり、
全体にギターの音量が低くミックスされているので、
前述の「屋根の上の猫」や「マーラーズ・パーラー」では、
目立ったプレイは聴けないものの、

「明日天気になれ」のメロウなプレイと、
「三文役者」冒頭の荒っぽいプレイは、
明らかにCHARにスポットが当たっており、
ファン必聴の曲となっております。

とくに私が気に入っているのは、
「明日天気になれ」で、
例のゴールドトップのレスポール(※)
と思われる絶妙のトーンで、
爪弾くようなバッキング、
そして、
ブロークン・コードによる(和音の構成音を中心とした)
秀逸なソロを披露しています。
(※ 1956製 P90ピックアップ搭載)

こんな、
さりげないプレイで伺える、
センスの良さはさすがと言えますが、
この曲はキャリアの中でも、
トップクラスに入る名演だと思います。

ところで…

なぜ、
このトーンをレスポールと推察するのかといえば、
後年のインタビューでCHARが、
「闘牛士」と「Wondering again」をレスポールでプレイした、
と答えていて、
そのトーンとこの「明日天気になれ」のトーンが、
よく似ているからなのです。

ちなみに、
トグルスイッチは真ん中、
と思われます。

前回のコメントで書いた、
「Under my skin」も同じく、
レスポールによるプレイだと思いますが、
竹中センパイは、
メロウなバッキングをやる際に、
レスポールを選ぶことが多いようです。

対する「三文役者」では、
どうやらムスタングを使っているようで、
激しいスクラッチとアーミングはまさに、
ジミヘン直系のプレイといえるでしょう。

後半のギターソロは残念ながら、
ホーンがかぶってしまい、
よく聴こえないのですが、
後にトレードマークとなるプレイが、
すでに確立されていることがわかります。

ソロデビューを前にして、
この存在感。
やはり、
タダモノではなかったことを証明しています。


『HEAVY MOON』アン・ルイス(1983年)



実質は、
ピンク・クラウド with アン・ルイスという感じで…
(実際にこのメンツでライブもやっていました)

プロデュースも任された竹中センパイは、
インストをやったり、
自身のソロアルバムに収録していた「Navy blue」をやったり、
もうやりたい放題です。

とはいえ、
そこは竹中センパイのこと。
しっかり要所は押さえ、
アン・ルイスの、
ロックシンガーとしての資質を、
うまく引き出した作品に仕上げています。

収録曲のほとんどが、
CHARによるものですが、

秀逸なのは、
「Glass cup upside-down」と「Dot in my heart」で、

「Glass cup upside-down」は、
恋愛の場面における、
男女の微妙な意識の差を、
アンとCHARのヴォーカルの掛け合いで表現していますが、

曲調はCHARお得意の、
「Shinin’ you, shinin’ day」風、
(またはボズ・スキャッグス風とでも言おうか…)の、
マイナーセブンスやメジャーセブンスを多用した、
オシャレなコード進行となっています。

男「グラスを逆さまにしてごらん、何が見えるかな」
女「時間を浪費したくなければ、男なんて信じちゃダメよ」

夢見る男と現実的な女…(笑)

これに対して、
「Dot in my heart」は正統派のバラードで、
失恋によってカラッポになった
心の隙間が歌われています。

ここでのアン・ルイスの歌唱は
素晴らしいの一言に尽きますが、
そこに絡む、
CHARのギターもまた見事…
ギターソロの後で、
思わず溜息がもれてしまいます。

竹中センパイのギターは、
透明度が高くしなやかなので、
女性ヴォーカルとの相性がバッチリなのだと思います。

こちらのアルバムでの使用ギターは、
ストラトでしょう。
いわゆる、
ピンク・クラウドの音なのです。


このように、
竹中センパイは、
自身の作品だけでなく、
他のミュージシャンの作品でも、
稀代のセンスを発揮しているので、
参加作品は要チェックです。

そして、
これらの作品を聴くと、
竹中センパイは、
天才などという簡単な言葉では片付けられない、
バツグンのセンスと表現力を持っていることがわかります。

ソウルやファンクに対する研鑽を深めるとこうなるのか…
いずれにしても、
ここまで極めた日本人アーティストが、
他にいないことだけは間違いありません。

★2017/07/30 (Sun)
さて今回は、
主要な作品を語る形式で、
ピンク・クラウド解散あたりまでの、
CHARの軌跡を追ってみたいと思います。

『CHAR』1976年発表。



若干21歳の作品ではありますが、
この1枚にCHARのすベてが凝縮されている、
と言っても過言ではないでしょう。
それほど完成度が高く、
また後進に与えた影響力の大きい作品です。

「Smoky」が不朽の名曲であることは、
いまさら言うまでもありませんが、
私にとっては何度も言うように、
「Shinin’ you, shining’ day 」の、
垢抜けたコード感覚の方が衝撃で、
いまだにこちらを聴くことが多いようです。

それと、
日本語の歌詞が面白くて…
(当時のCHARは、
日本語の歌詞には英語の表現を混ぜず、
純粋に日本語だけで歌っています)
「かげろう」とか「空模様のかげんが悪くなる前に」
をよく聴きました。

「かげろう」は、
コテコテのファンクチューンに、
純和風の歌詞がよく合っていて、
私にとって、
毎年初夏になると思い出す曲になっています。

歌謡曲路線まっしぐらだった時代の、
『HAVE A WINE』と『THRILL』は、
リアルタイムでは意識的に無視しておりましたが、
(正直なところ、
カッコよすぎて反感を抱いていた(笑)
なにしろこちらも、
生意気盛りの高校生だったもんで…)
「闘牛士」と「Wondering again」(ともに『THRILL』収録)
の2曲はお気に入りでした。

当時の『Player』誌では、
この『THRILL』の制作状況がレポートされていて、
「これからゴダイゴと活動するのか?」
と思っていたら、
それは実現せず(大人の事情があったようです…)
ジョニー・ルイス&チャーに至るわけです。

ジョニー・ルイス&チャーも、
『Player』誌ではよく動向が取り上げられており、
アルバムを発表する前から期待が高まっていました。

デビュー・アルバム『FREE SPIRIT』については、
別の場所(『web-magazine GYAN GYAN』)でたっぷり書いているので、
それを参照してもらいたいのですが、
一つ加えるとすれば、
後に発表された『完全盤』(2004年)について…

当時、
同じ作品の無修正盤として話題を呼んだわけですが、
かつて熱狂した『FREE SPIRIT』に、
どれだけ修正が加えられていたかわかってしまい、
「CHARもライヴではこのぐらいミスするんだ〜」
とミョーな安心を抱いたのと同時に、
「これは発表しなくていいじゃん」と思ったことも事実で、
ファンの心理とは複雑なものであります。

ジョニー・ルイス&チャーから、
改名してピンク・クラウドに至ると、
時代を下るにつれて、
サウンドが重たく(暗く?)なってきて、
『CHAR』の頃の軽さというか、
透明感が、
次第に薄れてきたことが少々残念でした。

ライヴの雰囲気も、
ジョニー・ルイス&チャーの頃のように、
適度にジャムっぽい、
リラックスした雰囲気ではなく、
もっとカチっとしたバンド然とした感じに変化していました。

アルバム発表のペースもかなりのスピードで、
粗製乱造的な内容のものもあったと思われるのですが、
ここ一発と言うタイミングで、
濃い内容の作品を残しているのはさすがです。

ピンク・クラウドと改名する直前に発表された、
『OiRA』(1981年)
そして、
ピンク・クラウドとしての3枚目にあたる、
『PINK CLOUD』(1983年)



はともに収録曲を絞り、
ヘヴィーな質感でありながら、
従来の持ち味であるファンクっぽさが生かされた、
傑作と評価しています。

「Head song」「Stuck in my brain」
インストの「Pink cloud」などの衝撃は大きく、
いまだにこれらを聴くと血が騒ぎます(笑)

ちょうどこの頃は、
我がバンド、
LOOSE CONNECTINが始動した時期と重なり、
大いに参考にさせていただいた記憶があります。


ピンク・クラウドのスタジオ作品としては最後になる、
『INDEX』(1990年)はカラフルなサウンドが、
うまくまとめられた傑作です。



とくに、
この頃のCHARは、
バンドと並行してBAHOで活動していたせいか、
アコースティックギターをうまく取り入れており、
「Blue cloud」「Halfrain」といった、
魅力的な曲を生み出しています。

あの独特のコードを、
アコースティックギターで弾かれると、
たまらなくエキゾチックな感じになるのです。

このアルバムには、
「Freedom」という、
ジミヘンチックな曲も収録されているのですが、
これはジミヘンがさらにスマートになった感じで、
CHARが影響を受けたミュージシャンを、
どれだけ自分のモノにしているか、
よくわかるサンプルです。

それから最後に、
ピンク・クラウド解散後に発表されたソロ・アルバム
『I’m gonna take this CHANCE』(1999年)は、
デビュー作『CHAR』が歳月を経て成熟したような感じで、
個人的にはたいへん評価している作品です。

『CHAR』の頃の瑞々しさが、
コンセプトはそのままで、
適度に熟したようなサウンドに昇華しており、
「Today」という曲は、
『Shinin’ you, shining’ day』がつながっているようで、
これまた熱心にコピーしたものです。

デビュー当時の、
ボズ・スキャッグス的なノリが、
しっかりと、
1990年代の、
グルーヴィンなノリに変わっているあたりは、
「さすが竹中センパイ」というところてす。

さて、
個人的に振り返ってみると、
ジョニー・ルイス&チャーの頃の、
テキトーにジャムっている感じがもっとも好きで、
『FREE SPIRIT』と『TRYCYCLE』で聴こえる、
ムスタング・サウンドがもっとも好きなのですが、
長きに渡り、
私の関心のド真ん中にいたCHARは、
やはり偉大な存在であると言わざるを得ないでしょう。
★2017/07/23 (Sun)
今日は父の命日でした。

さすがにこの猛暑に、
高齢の親族を集めて、
法事をするわけにはいかず、
三回忌法要を1カ月以上早めて行ないましたが、
どうやら正解だったようです。

三回忌法要の後、
盆(旧暦ではなく新暦でやるので7月です)、
そして命日と、
仏事に追われている先週、
父の従兄弟が亡くなりました。

この半年で、
父の法要に参列してくれた親類が、
2人も逝ってしまったのを見て、
諸行無常の思いでいっぱいです。

1970年代は遥かに遠く、
ロックだけでなく、
我々の人生の軌跡も、
思い出になりつつあるようです。

曇り空の夏の夕暮れに、
少し感傷的になる、
乙女心のオッさんかな…(笑)
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★ ILLUSTRATION BY nyao