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「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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  ★ プロフィール
HN:
matsuZACK
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2013/09/22 (Sun)
ひと昔前までは、
裸のラリーズについて語ること…
とくに批判めいたことを言うことは、
タブー視されておりました。

熱狂的な信奉者から、
激しい反撃を受けるというのです。

ところが、
最近になって、
ネットでいろいろ検索してみると、
けっこう批判めいた意見…
とくに偶像視することに対して
疑問を投げかけるような意見を見ることが多く、
時代の流れを感じました。

もはや、
裸のラリーズの伝説も
時空の彼方に消えようとしているのか?

私も正直なところ、
やたらと“伝説”だの“幻”だのと言って、
このバンドを神格化しようなどとは思わず、
ただ…
日本ロック史上、
稀に見る存在が、
どのようにして生まれ、
何を訴えようとしていたのか、
機会あれば、
そこに触れてみたいと思っていました。

裸のラリーズ=水谷孝という図式は、
もはや誰も異論を唱える余地はない事実…
裸のラリーズを語るということは、
水谷孝を語るということになります。

映像で見る水谷氏からは
とてもナイーブで弱々しい感じを受け、
サングラスでもしていなければ、
とてもじゃないが、
人前に出られない…
そんな印象を受けました。

にもかかわらず、
インテリ特有のプライドと、
独特の美意識に支配され、
なかなか本性を現さず、
徹頭徹尾スタイリッシュにキメている…
そういう雰囲気を感じたりします。

1960年代という激動の時代に、
京都で大学生だったわけですから、
強烈に時代の洗礼を受けたはず、
行動的な人だったら、
政治活動へ参加したりするわけですが、
彼はそうしませんでした。

裸のラリーズの初期に関わった人が、
よど号をハイジャックし、
北朝鮮へ亡命したのは有名な話ですが、
彼はそういう活動へは関わっていません。

ただ、
その時代に書いたオリジナル曲を、
延々と演奏し続けたのです。

裸のラリーズのレパートリーのほとんどは、
その活動の初期の段階で出来上がっており、
長い活動期間のそれぞれの時代に、
その時代を感じさせるような曲を残したりはしていません。

そして、
どの曲にも歌詞がついていて、
正直なところ、
あまり歌は上手でないにもかかわらず、
かならず歌います。

おそらく、
演奏だけでは、
彼の言いたいことを表現できなかったのでしょう。

その歌詞の世界というのは、
多くは「オマエ」という2人称で、
“闇”とか“夜”とか“黒”という単語を使い、
異端の人が歌いこまれています。

全体的には、
それほど文学的価値を感じないのですが、
ときどき、
目の覚めるような言葉に出会います。

“造花の原野”とか…

こう考えると、
私小説的な作風の
シンガーソングライターに近いと感じるのです。

1960年代という強烈な時代の洗礼を受けたものの、
何もなすことができず、
ただ時間だけが過ぎていく…
しかし、
焦る気持ちを正直に表現するには、
プライドが邪魔をする。
表現活動などやめてしまえばよいのに、
そうしてしまったら、
自分の存在価値がなくなってしまう。

だから続ける…

歌詞に2人称を使い、
人前ではサングラスをかける。

さらに…
ヴォーカルにはエコーをかけまくり、
ギターはエフェクトの嵐、
すべてを塗りたくるような轟音が、
彼のコンプレックスを隠してくれる。

ギターのエフェクトについては、
かなり研究したものと思われます。
エコー、フランジャー…
ギターが好きな証拠ですね。
ブルーチアーが好きだからSGを買った…
そんな感じがします。
だから、
政治や小説ではなく、
ロックに固執しているのです。

ロックしかない…

山口冨士夫さんもどこか寂寥を感じる人でしたが、
とても乾いた感じでした。
ドライな寂寥感…

チャー坊も根の部分からは共通した匂いを感じましたが、
妙なユーモアで笑い飛ばそうとする、
シニカルな感じがしました。

水谷さんはこの両者とは違い、
ナイーブで弱々しい本性が見え隠れします。
(余談ですが、
このタイプはチャー坊みたいなタイプとは“水と油”だと思います。
多くの証言も、
この2人は合わなかったと言っています。)

3人に共通しているのは、
1960年代という時代の呪縛から、
解き放たれることがなかったということ。
それぞれの表現方法で、
なんとか折り合いをつけていたということ。

そんなことに思いをめぐらせてみました。

私は、
そんな水谷さんに…
裸のラリーズに、
妙な親近感を覚えているのです。

裸のラリーズからは、
種田山頭火とか太宰治とか、
尾崎豊とか、
そんな人たちと同じものを感じます。

彼らの音を聴いていると、
不思議な安堵感を得られます。
冨士夫さんが在籍していた時期のものからは、
とくにそれを感じます。
冨士夫さんは、
水谷さんをやさしく包んでいたんですね。

しかし…
裸のラリーズにこういう接し方をするとは、
若い頃には思いもつかなかったことです。
これも、
年齢のなせる技でしょうか…ねぇ?

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★ ILLUSTRATION BY nyao