「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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★ プロフィール
HN:
matsuZACK
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2020/05/10 (Sun)
最近、
stay homeの影響で
ストレスが溜まるのか…
ハードロックをよく聴いています。
それもRAINBOWとBLACK SABBATH(笑)
最近では、
ヘビメタといえば、
中学生でも「こんなのでしょ?」
とその音を語ることができますが…
そもそも、
BLUE OYSTER CULTやBLUE CHEERなどの、
マニアックというか、
マイノリティなサウンドを指していた、
Heavy Metalというカテゴリーが、
市民権を得るに至ったのは、
1980年代のネオ・ヘヴィー・メタル・シーンでした。
とくに、
シーンの後半にアメリカから出てきた、
ポップなメロディのハードロックバンドたちが、
存在感を示したと記憶していますが、
その中心にいた若手ミュージシャンから、
神の如く敬意を払われているのが、
RAINBOWとBLACK SABBATHです。
そして、
両者には奇妙な因縁があります…
ロニー・ジェイムズ・ディオという、
稀代のヴォーカリストを擁し、
セカンド・アルバム『Rising』で、
早くも完成形を示した感のあった、
リッチー御大のRAINBOWですが、
御大が目指していたのは、
マニア向けのサウンドではなく、
あくまでもポップなサウンドであり、
アメリカ市場の制覇でした。
悲願を果たすために行ったのが、
ヴォーカリストの交代という、
荒治療であったことは、
よく知られたことです。
当時の私は、
『Raising』と『On Stage』で、
頂点を極めた感のあった彼らが、
この後どうなるのかと注目していたのですが、
3枚目のスタジオアルバム
『Long Live Rock’n Roll』(1978年)には、
軽い失望感がありました。
なんか、中途半端だったのです。
そして、
ヴォーカリストが交代し発表された、
『Down To Earth』(1979年)は当時ファンの間では、
賛否両論でしたが、
私にはOKな内容でした。
そう、ここまで振り切ってほしかったのです。
RAINBOWは、
その後もう一度、
ヴォーカリストが交代し、
コージー・パウエルが脱退、
リッチーとロジャー以外が、
すべて若いミュージシャンに交代する中で、
シーンの中心的な存在になるわけです。
そのターニング・ポイントとなった、
『Down To Earth』は、
非常に重要な作品といえるでしょう。
惜まれながらRAINBOWを去った、
ロニー・ジェイムズ・ディオはその後、
オジー・オズボーンの抜けたBLACK SABBATHに加入し、
『Heaven And Hell』(1980年)を発表。
新生RAINBOWに失望した連中を含め、
新たなファンを獲得し、
こちらもこれ以降、
シーンの中心的な存在となりました。
BLACK SABBATHは、
ファーストアルバムの時点で、
すでに完成形を示していたため、
3枚目あたりで早くも手詰まり感があり、
4枚目からは新たな展開を模索し始めています。
その試みがまとまった成果として表れたのが、
6枚目の『Sabotage』(1975年)ですが、
オジー・オズボーンはこのあたりから、
バンドに対してのモチベーションが下がり、
脱退したり再加入したりを繰り返すようになります。
オジーはその後、
BLACK SABBATHを脱退しますが、
『Blizzard Of Ozz』(1980年)で再び注目を集めます。
私はこの『Blizzard Of Ozz』こそ、
ネオ・ヘヴィー・メタル・シーンのバイブルといえる、
究極の完成形を示した1枚、
と高く評価していますが、
オジーが選んだ相棒は、
アメリカ人のランディ・ローズ、
エドワード・ヴァン・ヘイレン直系といえる、
若手ギタリストでした。
この『Blizzard Of Ozz』と
『Down To Earth』は、
コンセプトが近いというのが、
私の持論で、
リッチーもオジーも、
アメリカを意識しながら、
自らの音楽性を昇華させた感があります。
一方の、
ロニー加入後のBLACK SABBATHは、
その逆で、
アメリカを意識せずに、
そのまま進んだ感じです。
BLACK SABBATHの『Heaven And Hell』は、
『Sabotage』の流れをくんでいますが、
初期のRAINBOWにも近く、
当時のリッチーはインタビューで、
そのことを語っております。
ヤツ(ロニーのこと)は、
またBLACK SABBATHで、
自分の好きなようにやっているけれど、
あのバンドはオジーがいたから、
おもしろかったんだぜ…
やはりリッチーは、
オジーの考え方に共感していたのではないでしょうか。
まぁ…そんなことを考えながら聴いているのですが、
『Down To Earth』
『Sabotage』
『Blizzard Of Ozz』
という作品は、
今聴いても十分に楽しめるというか…
これだけの歳月を経過したからこそ、
理解できることもあって、
興味が尽きないのでありました。
一つだけ言わせてもらうと、
『Sabotage』のジャケットの、
ビル・ウォードの衣装(右から2番目)は、
非常にダサくて(笑)
これを見て、
アルバムの購入を躊躇する人がいたら、
国家的損失であると思うのですが、
いかがでしょう?
stay homeの影響で
ストレスが溜まるのか…
ハードロックをよく聴いています。
それもRAINBOWとBLACK SABBATH(笑)
最近では、
ヘビメタといえば、
中学生でも「こんなのでしょ?」
とその音を語ることができますが…
そもそも、
BLUE OYSTER CULTやBLUE CHEERなどの、
マニアックというか、
マイノリティなサウンドを指していた、
Heavy Metalというカテゴリーが、
市民権を得るに至ったのは、
1980年代のネオ・ヘヴィー・メタル・シーンでした。
とくに、
シーンの後半にアメリカから出てきた、
ポップなメロディのハードロックバンドたちが、
存在感を示したと記憶していますが、
その中心にいた若手ミュージシャンから、
神の如く敬意を払われているのが、
RAINBOWとBLACK SABBATHです。
そして、
両者には奇妙な因縁があります…
ロニー・ジェイムズ・ディオという、
稀代のヴォーカリストを擁し、
セカンド・アルバム『Rising』で、
早くも完成形を示した感のあった、
リッチー御大のRAINBOWですが、
御大が目指していたのは、
マニア向けのサウンドではなく、
あくまでもポップなサウンドであり、
アメリカ市場の制覇でした。
悲願を果たすために行ったのが、
ヴォーカリストの交代という、
荒治療であったことは、
よく知られたことです。
当時の私は、
『Raising』と『On Stage』で、
頂点を極めた感のあった彼らが、
この後どうなるのかと注目していたのですが、
3枚目のスタジオアルバム
『Long Live Rock’n Roll』(1978年)には、
軽い失望感がありました。
なんか、中途半端だったのです。
そして、
ヴォーカリストが交代し発表された、
『Down To Earth』(1979年)は当時ファンの間では、
賛否両論でしたが、
私にはOKな内容でした。
そう、ここまで振り切ってほしかったのです。
RAINBOWは、
その後もう一度、
ヴォーカリストが交代し、
コージー・パウエルが脱退、
リッチーとロジャー以外が、
すべて若いミュージシャンに交代する中で、
シーンの中心的な存在になるわけです。
そのターニング・ポイントとなった、
『Down To Earth』は、
非常に重要な作品といえるでしょう。
惜まれながらRAINBOWを去った、
ロニー・ジェイムズ・ディオはその後、
オジー・オズボーンの抜けたBLACK SABBATHに加入し、
『Heaven And Hell』(1980年)を発表。
新生RAINBOWに失望した連中を含め、
新たなファンを獲得し、
こちらもこれ以降、
シーンの中心的な存在となりました。
BLACK SABBATHは、
ファーストアルバムの時点で、
すでに完成形を示していたため、
3枚目あたりで早くも手詰まり感があり、
4枚目からは新たな展開を模索し始めています。
その試みがまとまった成果として表れたのが、
6枚目の『Sabotage』(1975年)ですが、
オジー・オズボーンはこのあたりから、
バンドに対してのモチベーションが下がり、
脱退したり再加入したりを繰り返すようになります。
オジーはその後、
BLACK SABBATHを脱退しますが、
『Blizzard Of Ozz』(1980年)で再び注目を集めます。
私はこの『Blizzard Of Ozz』こそ、
ネオ・ヘヴィー・メタル・シーンのバイブルといえる、
究極の完成形を示した1枚、
と高く評価していますが、
オジーが選んだ相棒は、
アメリカ人のランディ・ローズ、
エドワード・ヴァン・ヘイレン直系といえる、
若手ギタリストでした。
この『Blizzard Of Ozz』と
『Down To Earth』は、
コンセプトが近いというのが、
私の持論で、
リッチーもオジーも、
アメリカを意識しながら、
自らの音楽性を昇華させた感があります。
一方の、
ロニー加入後のBLACK SABBATHは、
その逆で、
アメリカを意識せずに、
そのまま進んだ感じです。
BLACK SABBATHの『Heaven And Hell』は、
『Sabotage』の流れをくんでいますが、
初期のRAINBOWにも近く、
当時のリッチーはインタビューで、
そのことを語っております。
ヤツ(ロニーのこと)は、
またBLACK SABBATHで、
自分の好きなようにやっているけれど、
あのバンドはオジーがいたから、
おもしろかったんだぜ…
やはりリッチーは、
オジーの考え方に共感していたのではないでしょうか。
まぁ…そんなことを考えながら聴いているのですが、
『Down To Earth』
『Sabotage』
『Blizzard Of Ozz』
という作品は、
今聴いても十分に楽しめるというか…
これだけの歳月を経過したからこそ、
理解できることもあって、
興味が尽きないのでありました。
一つだけ言わせてもらうと、
『Sabotage』のジャケットの、
ビル・ウォードの衣装(右から2番目)は、
非常にダサくて(笑)
これを見て、
アルバムの購入を躊躇する人がいたら、
国家的損失であると思うのですが、
いかがでしょう?
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