「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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★ プロフィール
HN:
matsuZACK
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2013/01/13 (Sun)
レコードコレクターズ 2013年1月号
特集「ニッポンのギタリスト名鑑」を読んで、
いろいろ考えさせられることがありましたが、
まず新鮮な発見だったのは、
“邦楽シーンに強力な影響を与えた海外のギタリスト”ということで、
本当に客観的に、
邦楽シーンの形成に影響を与えたギタリストを分析していた部分です。
たしかに…、
3大ギタリストだのジミヘンだのと言うけれど、
ズバリ、
邦楽シーンにもっとも影響を与えたのは、
エリック・クラプトンに他ならないだろうというのは、
その通りでしょう。
そして、
クラプトンは、
単にギタリストというだけでなく、
シンガーとして、
そして、
サウンド全体をプロデュースする立場として、
大きな影響力を持ち続けているというのは、
いまさらながら、
感心させられることです。
邦楽シーンは、
ブリティッシュ・ロック志向と言われながらも、
サウンド作りの手本となっていたのは、
むしろアメリカの、
ニューオーリンズだったり、
ニューヨークのシーンだったりすること、
とくに1980年前後は、
西海岸のシーンからの影響が強かったことも指摘の通りで、
リアルタイムで私は、
(当時はほとんど興味のない分野だったので)
「どうして、この作品(TOTOやAirplay)をこんなに騒ぐのだろう?」と、
不思議に思っていたものです。
そんな、
邦楽シーンへの洋楽の影響力ですが、
U2の『Joshua Tree』(1987年)あたりが最後で、
それ以降は顕著なものが感じられなくなった、
というのもまさにその通りで、
あの「キンコンカンコン…」というディレイの使い方以降、
歌謡曲などで洋楽の影響を感じるギターに出会うことはなくなりました。
誌面では、
そのあたりについて、
以下のように言及されていました。
---------------------------------------------
だが、
この頃(注:『Joshua Tree』発表当時)を境に、
Jポップのニュー・カマーにおける洋楽の影響力は目に見えて衰えた。
そして近年は毒にも薬にもならない新人ばかりが増え、
いつの間にか消えている。
育成能力もそのキャパシティもない今の邦楽がKポップに駆逐されていくのは、
ある意味、
当然のことなのではないか。
----------------------------------------------
私見ですが…
パンクロックが、
フュージョンでジャズに近づいていた、
ロックのテクニック至上主義に水を差し、
さらに、
テクノポップと共に普及してきた、
シンセサイザーの発展が、
ノンミュージシャンの音楽制作現場への参加を促した。
一方で、
フォークからニューミュージックへと発展し、
その後 Jポップへとつながる動きが、
それに拍車をかけた。
自分の身の回りで起きたことで、
ちょっと言いたいことができたら、
少しコードを覚えればそれで曲が作れる…
誰でも人前でロックを歌うことができるようになるのだ。
…これは悪いことではありませんが、
このような動きを中心にシーンが形成されているとすると、
困ったものです。
このパターンだと、
すぐに表現できることに限界が訪れます。
それは尾崎豊の例を見るまでもなく、
技術的な面でも、
コンセプトの面でも、
稚拙ゆえに、
引き出しがすぐにカラっぽになってしまうのです。
アマチュアレベルでは許されることですが、
プロ(=音楽でメシを食う人)はそれでは許されません。
たしかに、
ギタリストが、
洋楽を意識しながら切磋琢磨していた時代は、
1980年代中盤に終わっていた、
と言えるのではないでしょうか?
以降の世代では、
ギターがウマくなることに、
それほどの価値を感じていないのではないでしょうか?
それを裏付けるように、
名鑑に乗っていた面々の年齢が…(笑)
これが今回、
2つめの発見…
というより驚きでした。
田端義夫さん 1919年生まれ 93歳(!)を筆頭に、
(以下、敬称略)
寺内タケシ 1938年 74歳
鮎川誠 1948年 64歳
仲井戸麗市 1950年 62歳
竹田和夫、土屋昌巳 1952年 60歳
渡辺香津美 、高中正義 1953年 59歳
内田勘太郎、森園勝敏 1954年 58歳
CHAR 1955年 57歳
山本恭司 1956年 56歳
掲載されている 112人のうち、
私と同じ年、
もしくはそれより若い人はたったの 14人しかおらず、
90%以上が私より年上…55歳から65歳がもっとも多い、
つまり、
主力!と言っていい世代なのです。
いやーこれには驚きました。
私もこの中…というか、
ニッポンのギタリストの中へ入れば、
まだまだ小僧!
ということになるのであります。
50歳になると、
もう人生の先が見えるようなことを言ってしまいがちですが、
それは企業という枠の中だけの話で、
人生においてはまだまだ修行中…
とくにギタリストの世界では、
このように上の世代がたくさんがんばっているのでした。
海外も同じようなもので、
だから、
いまだに音楽雑誌の表紙は、
ヴァン・ヘイレンだったりサンタナだったりしているわけです。
BBキングなどは、
88歳でツアーに出るのですから、
もはや何も言うことはありません(笑)
自分がロックギターを支えている世代の端にいること。
そして、
まだまだ修行中であることを自覚し、
なんだか気持ちが明るくなった、
不思議な特集でした(笑)
↓5人合わせて…300歳か?(笑)
特集「ニッポンのギタリスト名鑑」を読んで、
いろいろ考えさせられることがありましたが、
まず新鮮な発見だったのは、
“邦楽シーンに強力な影響を与えた海外のギタリスト”ということで、
本当に客観的に、
邦楽シーンの形成に影響を与えたギタリストを分析していた部分です。
たしかに…、
3大ギタリストだのジミヘンだのと言うけれど、
ズバリ、
邦楽シーンにもっとも影響を与えたのは、
エリック・クラプトンに他ならないだろうというのは、
その通りでしょう。
そして、
クラプトンは、
単にギタリストというだけでなく、
シンガーとして、
そして、
サウンド全体をプロデュースする立場として、
大きな影響力を持ち続けているというのは、
いまさらながら、
感心させられることです。
邦楽シーンは、
ブリティッシュ・ロック志向と言われながらも、
サウンド作りの手本となっていたのは、
むしろアメリカの、
ニューオーリンズだったり、
ニューヨークのシーンだったりすること、
とくに1980年前後は、
西海岸のシーンからの影響が強かったことも指摘の通りで、
リアルタイムで私は、
(当時はほとんど興味のない分野だったので)
「どうして、この作品(TOTOやAirplay)をこんなに騒ぐのだろう?」と、
不思議に思っていたものです。
そんな、
邦楽シーンへの洋楽の影響力ですが、
U2の『Joshua Tree』(1987年)あたりが最後で、
それ以降は顕著なものが感じられなくなった、
というのもまさにその通りで、
あの「キンコンカンコン…」というディレイの使い方以降、
歌謡曲などで洋楽の影響を感じるギターに出会うことはなくなりました。
誌面では、
そのあたりについて、
以下のように言及されていました。
---------------------------------------------
だが、
この頃(注:『Joshua Tree』発表当時)を境に、
Jポップのニュー・カマーにおける洋楽の影響力は目に見えて衰えた。
そして近年は毒にも薬にもならない新人ばかりが増え、
いつの間にか消えている。
育成能力もそのキャパシティもない今の邦楽がKポップに駆逐されていくのは、
ある意味、
当然のことなのではないか。
----------------------------------------------
私見ですが…
パンクロックが、
フュージョンでジャズに近づいていた、
ロックのテクニック至上主義に水を差し、
さらに、
テクノポップと共に普及してきた、
シンセサイザーの発展が、
ノンミュージシャンの音楽制作現場への参加を促した。
一方で、
フォークからニューミュージックへと発展し、
その後 Jポップへとつながる動きが、
それに拍車をかけた。
自分の身の回りで起きたことで、
ちょっと言いたいことができたら、
少しコードを覚えればそれで曲が作れる…
誰でも人前でロックを歌うことができるようになるのだ。
…これは悪いことではありませんが、
このような動きを中心にシーンが形成されているとすると、
困ったものです。
このパターンだと、
すぐに表現できることに限界が訪れます。
それは尾崎豊の例を見るまでもなく、
技術的な面でも、
コンセプトの面でも、
稚拙ゆえに、
引き出しがすぐにカラっぽになってしまうのです。
アマチュアレベルでは許されることですが、
プロ(=音楽でメシを食う人)はそれでは許されません。
たしかに、
ギタリストが、
洋楽を意識しながら切磋琢磨していた時代は、
1980年代中盤に終わっていた、
と言えるのではないでしょうか?
以降の世代では、
ギターがウマくなることに、
それほどの価値を感じていないのではないでしょうか?
それを裏付けるように、
名鑑に乗っていた面々の年齢が…(笑)
これが今回、
2つめの発見…
というより驚きでした。
田端義夫さん 1919年生まれ 93歳(!)を筆頭に、
(以下、敬称略)
寺内タケシ 1938年 74歳
鮎川誠 1948年 64歳
仲井戸麗市 1950年 62歳
竹田和夫、土屋昌巳 1952年 60歳
渡辺香津美 、高中正義 1953年 59歳
内田勘太郎、森園勝敏 1954年 58歳
CHAR 1955年 57歳
山本恭司 1956年 56歳
掲載されている 112人のうち、
私と同じ年、
もしくはそれより若い人はたったの 14人しかおらず、
90%以上が私より年上…55歳から65歳がもっとも多い、
つまり、
主力!と言っていい世代なのです。
いやーこれには驚きました。
私もこの中…というか、
ニッポンのギタリストの中へ入れば、
まだまだ小僧!
ということになるのであります。
50歳になると、
もう人生の先が見えるようなことを言ってしまいがちですが、
それは企業という枠の中だけの話で、
人生においてはまだまだ修行中…
とくにギタリストの世界では、
このように上の世代がたくさんがんばっているのでした。
海外も同じようなもので、
だから、
いまだに音楽雑誌の表紙は、
ヴァン・ヘイレンだったりサンタナだったりしているわけです。
BBキングなどは、
88歳でツアーに出るのですから、
もはや何も言うことはありません(笑)
自分がロックギターを支えている世代の端にいること。
そして、
まだまだ修行中であることを自覚し、
なんだか気持ちが明るくなった、
不思議な特集でした(笑)
↓5人合わせて…300歳か?(笑)
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