「web-magazine GYAN GYAN」では、第三者的な視点でロックを検証してきましたが、当サイトではプライベートな感覚で、より身近にロックを語ってみたいと思います。
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★ プロフィール
HN:
matsuZACK
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1962/02/15
自己紹介:
matsuZACKです。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
“下天のうちをくらぶれば~”の年齢に到達してしまいました。
ミュージシャンを目指したり、
音楽評論家や文筆業を目指したり、
いろいろと人生の奔流に抵抗してきましたが、
どうやらなすがままに、
フツーの人におさまりつつあります。
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★2008/12/21 (Sun)
私的ロック評論シリーズの第8弾です。
第8回は、
JOHNNY,LOUIS&CHARの『FREE SPIRIT』です。
『フリースピリット/ジョニー・ルイス&チャー(FREE SPIRIT/JOHNNY,LOUIS&CHAR』)
(1979年発表)
SDE1
1.Introduction
2.Wasted
3.風に吹かれてみませんか
4.Open Your Eyes
5,籠の鳥
SIDE2
6.Natural Vibration
7.You're Like a Doll Baby
8.Shinin' you, Shinin' day
Charこと竹中尚人先輩は、
大田区から転校して来た、
私の中学時代の友人の兄貴の、
都立大崎高校の先輩にあたり、
ソロデビューを果たす以前から、
何かと話題になっていた人でした。
いわゆる“都立高校の星”。
同じように、
都立高校に通っていた私は、
海外のミュージシャンほど遠くない、
身近な距離にいるアコガレの存在ということで、
常にその動向を意識しておりました。
そんなCharが、
歌謡曲の世界で活躍し、
我々に軽い失望感を抱かせた後、
いくつかのトラブルに巻き込まれ、
「もう、復帰は無理かな?」
と思わせるようになっていた時期に、
どうやらトリオで再起を図るようだ、
というニュースが入ってきたのは、
私が高校3年の春、
1979年のことでした。
それはちょうど、
スタンリー・クラークを連れた、
ジェフ・ベックの来日公演を見た直後、
私が、
エキセントリックなテクニシャンを目指すことに挫折し、
16ビート系のリズムに関心を持ち始めた時期でした。
野音で無料ライブをやるらしい…。
そんな噂が聞こえてきたのは、
その年の7月に入ってからのことでした。
何をおいても見に行かねば…。
ところが、
あいにくライブ前夜から雨模様で、
しかも当日はたいへんな大雨になってしまい、
雨が降ると学校を休むと言われていた私は、
あっさりとこのライブをスッポかしてしまいました。
だって、野外なんだもん…。
(ドタキャンの悪い癖はこの頃からのようです。)
しかし、
ライブ直後から、
このときの演奏のスゴさが話題になり、
私はこのときのことを、
それから長いこと後悔するようになります。
またCharだけでなく、
相方の二人にも注目が集まるようになり、
ジョニー吉長、ルイズルイス加部という、
日本ロック界が誇る存在を知り、
私は、
いままで海外ばかりに目を向けていた自分を、
少しばかり反省することになるのです。
そして、
ライブを見に行かなかった、
私のフラストレーションを吹き飛ばすかのように、
秋になり発表されたのが、
そのときのライブを元に制作された、
ジョニー・ルイス&チャーのデビューアルバム、
『フリースピリット』でした。
これは正直、
LPが擦り切れるほど聴いた1枚です。
以前からCharは、
日本人離れしたセンスが評価されていましたが、
このアルバムでは、
歌謡曲の世界を吹っ切ったせいか、
さらにそれが強く出ており、
英詞の曲については、
日本人の作品であるとは思えないほどです。
またCharは、
ブルースよりも、
ソウルやファンク色が強いことで有名でしたが、
それがこの作品全体にも表れており、
どことなくオシャレな雰囲気になっています。
ソウルやファンクで使うコードやカッティングを、
ハードロック的な展開に持ち込んだ、
「Wasted」や
「You're Like a Doll Baby」の、
文章で表現できないほどのカッコよさ。
ソロ時代からお気に入りだった、
「Shinin' you, Shinin' day」で、
金子マリがデュエットでカラむあたりの、
鳥肌モノの美しさ。
日本語の歌詞の、
「風に吹かれてみませんか」と
「籠の鳥」の出来も素晴らしく、
どちらもCharのキャリアにおいて、
トップクラスの作品といえるでしょう。
とくに、
「風に吹かれてみませんか」は、
日本語によるメロウソウルの傑作で、
今でも…、
というか今だから、
ときどき聴きたくなる、
私のフェイバリット・ソングのひとつになっています。
16ビート系のリズムに関心を持ち始めていた、
当時の私にとって、
『フリースピリット』に収録されているCharのギターは、
これ以上ないほど魅力的であり、
とにかく、
そのすべてを、
丸ごと自分で身に付けようと思ったほどでした。
そして私は、
このアルバムの全曲コピーを決心し、
数ヶ月後にそれを果たすのです。
(余談ですが…、
このとき、
よほどしっかりやったおかげか、
今でも、ほぼ完奏することができます。)
さらにこの後、
LOOSE CONNECTIONの前身に当たるバンドで、
数曲をレパートリーにするなどし、
『フリースピリット』は少しずつ、
私の血肉と化していくのです。
私はこれ以降、
リードギターよりもむしろ、
コードカッティングやアルペジオといった、
バッキングの部分でセンスを磨く方が
“粋”であると考えるようになり、
普通のコードを普通に押さえるのでなく、
ひとひねりしたコードを、
普通でない押さえ方で押さえることに、
ギタリストとしての価値を感じるようになりました。
そういう意味で、
『フリースピリット』は、
私のギタリストとしてのキャリアにおいて、
大きなターニングポイントになったアルバム、
といえます。
これを聴いたことが、
今の自分を築いたと言っても過言ではないでしょう。
ひさしぶりで聴いてみるかな?
第8回は、
JOHNNY,LOUIS&CHARの『FREE SPIRIT』です。
『フリースピリット/ジョニー・ルイス&チャー(FREE SPIRIT/JOHNNY,LOUIS&CHAR』)
(1979年発表)
SDE1
1.Introduction
2.Wasted
3.風に吹かれてみませんか
4.Open Your Eyes
5,籠の鳥
SIDE2
6.Natural Vibration
7.You're Like a Doll Baby
8.Shinin' you, Shinin' day
Charこと竹中尚人先輩は、
大田区から転校して来た、
私の中学時代の友人の兄貴の、
都立大崎高校の先輩にあたり、
ソロデビューを果たす以前から、
何かと話題になっていた人でした。
いわゆる“都立高校の星”。
同じように、
都立高校に通っていた私は、
海外のミュージシャンほど遠くない、
身近な距離にいるアコガレの存在ということで、
常にその動向を意識しておりました。
そんなCharが、
歌謡曲の世界で活躍し、
我々に軽い失望感を抱かせた後、
いくつかのトラブルに巻き込まれ、
「もう、復帰は無理かな?」
と思わせるようになっていた時期に、
どうやらトリオで再起を図るようだ、
というニュースが入ってきたのは、
私が高校3年の春、
1979年のことでした。
それはちょうど、
スタンリー・クラークを連れた、
ジェフ・ベックの来日公演を見た直後、
私が、
エキセントリックなテクニシャンを目指すことに挫折し、
16ビート系のリズムに関心を持ち始めた時期でした。
野音で無料ライブをやるらしい…。
そんな噂が聞こえてきたのは、
その年の7月に入ってからのことでした。
何をおいても見に行かねば…。
ところが、
あいにくライブ前夜から雨模様で、
しかも当日はたいへんな大雨になってしまい、
雨が降ると学校を休むと言われていた私は、
あっさりとこのライブをスッポかしてしまいました。
だって、野外なんだもん…。
(ドタキャンの悪い癖はこの頃からのようです。)
しかし、
ライブ直後から、
このときの演奏のスゴさが話題になり、
私はこのときのことを、
それから長いこと後悔するようになります。
またCharだけでなく、
相方の二人にも注目が集まるようになり、
ジョニー吉長、ルイズルイス加部という、
日本ロック界が誇る存在を知り、
私は、
いままで海外ばかりに目を向けていた自分を、
少しばかり反省することになるのです。
そして、
ライブを見に行かなかった、
私のフラストレーションを吹き飛ばすかのように、
秋になり発表されたのが、
そのときのライブを元に制作された、
ジョニー・ルイス&チャーのデビューアルバム、
『フリースピリット』でした。
これは正直、
LPが擦り切れるほど聴いた1枚です。
以前からCharは、
日本人離れしたセンスが評価されていましたが、
このアルバムでは、
歌謡曲の世界を吹っ切ったせいか、
さらにそれが強く出ており、
英詞の曲については、
日本人の作品であるとは思えないほどです。
またCharは、
ブルースよりも、
ソウルやファンク色が強いことで有名でしたが、
それがこの作品全体にも表れており、
どことなくオシャレな雰囲気になっています。
ソウルやファンクで使うコードやカッティングを、
ハードロック的な展開に持ち込んだ、
「Wasted」や
「You're Like a Doll Baby」の、
文章で表現できないほどのカッコよさ。
ソロ時代からお気に入りだった、
「Shinin' you, Shinin' day」で、
金子マリがデュエットでカラむあたりの、
鳥肌モノの美しさ。
日本語の歌詞の、
「風に吹かれてみませんか」と
「籠の鳥」の出来も素晴らしく、
どちらもCharのキャリアにおいて、
トップクラスの作品といえるでしょう。
とくに、
「風に吹かれてみませんか」は、
日本語によるメロウソウルの傑作で、
今でも…、
というか今だから、
ときどき聴きたくなる、
私のフェイバリット・ソングのひとつになっています。
16ビート系のリズムに関心を持ち始めていた、
当時の私にとって、
『フリースピリット』に収録されているCharのギターは、
これ以上ないほど魅力的であり、
とにかく、
そのすべてを、
丸ごと自分で身に付けようと思ったほどでした。
そして私は、
このアルバムの全曲コピーを決心し、
数ヶ月後にそれを果たすのです。
(余談ですが…、
このとき、
よほどしっかりやったおかげか、
今でも、ほぼ完奏することができます。)
さらにこの後、
LOOSE CONNECTIONの前身に当たるバンドで、
数曲をレパートリーにするなどし、
『フリースピリット』は少しずつ、
私の血肉と化していくのです。
私はこれ以降、
リードギターよりもむしろ、
コードカッティングやアルペジオといった、
バッキングの部分でセンスを磨く方が
“粋”であると考えるようになり、
普通のコードを普通に押さえるのでなく、
ひとひねりしたコードを、
普通でない押さえ方で押さえることに、
ギタリストとしての価値を感じるようになりました。
そういう意味で、
『フリースピリット』は、
私のギタリストとしてのキャリアにおいて、
大きなターニングポイントになったアルバム、
といえます。
これを聴いたことが、
今の自分を築いたと言っても過言ではないでしょう。
ひさしぶりで聴いてみるかな?
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★2008/12/14 (Sun)
今年は、
昨年に増して活動が停滞し、
また私自身の、
バンドに対するモチベーションが低下したおかげで、
公式ライブはまたもや、
年末恒例の、
「中央大学軽音楽同好会OB忘年会」のみ
となってしまいました。
しかし、
どんな年であれ、
最低1回はライブが予定されているというのは、
たいへんありがたいことだといえます。
たとえどんな状態であれ、
ライブはその年の姿を克明に映し出します。
さて今年は、
どのような姿が記録されたのでしょうか。
date:2008.12.6
place:「吉祥寺 曼陀羅2」
1, ROCK'N' ROLL SUICIDE(DAVID BOWIE/初演)
2, ALADDIN SANE(DAVID BOWIE/初演)
3, 組曲 神曲:煉獄編(オリジナル)
4, :地獄編(オリジナル/初演)
5, :天国編(オリジナル/初演)
6,20TH CENTURY BOY(T.REX/初演)
活動が停滞していたにもかかわらず、当日演奏した6曲中5曲が初演という、メンバー自身も驚く結果となったが、やはりリハーサル不足と各曲の消化不良は否めず、納得のいく演奏を披露することはできなかった。
1曲目、2曲目はデヴィッド・ボウイのナンバーだが、かなりの異色作。とくに「ALADDIN SANE」はアヴァンギャルドな面が強調されており、新境地開拓か?と期待されたが、単にメチャクチャなだけの荒い演奏に終わってしまった。
アヴァンギャルドがメチャクチャにならないようにするには、それなりの修練が必要であり、そこにはかなり高度な技術とチームワークが必要だということを痛感した。1970年代のマイルス・デイヴィス・グループなどでは、それぞれの演奏者が他の音をよく聴いていることがわかるが、それは簡単にできることではない。
3曲目の「神曲 煉獄編」は昨年初演だった、ダンテの「神曲」にインスパイアされた曲。そこで予告したように、今年はこの曲の続編として「地獄編」と「天国編」が完成し、初めてフルヴァージョンを披露することができた。
今年一番の収穫は、この三部作が完成したことで、ここに至って我々のオリジナリティは完成されたものと思われたが、メンバー全員が同じように認識していたかどうかはわからない。
6曲目の「20TH CENTURY BOY」は今年を象徴する1曲ということで、女性コーラス隊2名を加えてにぎやかに盛り上げた。この曲については、私とヴォーカルのmarcさんは20歳前後の時期に演奏したことがあり、昔を知っている仲間から「このリフはよく似合うよね、matsuZACK節ってヤツかな?」などと言われてしまった。たしかに…、このリフは得意である。
さて結果的に、
演奏という具体的な形になったことで、
私の中にあった、
バンドに対するモヤモヤがはっきりとしました。
それは、
ここ数年、
活動の場がこの身内の忘年会に限られたことによって、
無意識のうちに、
何を表現するかではなく、
いかにしてウケルか、
いかにして人目を惹くかに、
注力するようになっていたということです。
その結果、
我々の個性であった、
都会的で、
ストイックなまでにクールな、
そしてどことなく退廃的な音と、
相対する要素が少しずつ大きくなり、
昨年あたりから、
全体的なバランスを崩すようになっていたのです。
どうやら、
それが私には、
たまらなく居心地の悪いものであったようです。
私は今年の後半になって、
なんとなくそのことに気づき、
今回の選曲にデヴィッド・ボウイのナンバーを加え、
原点回帰することで、
バンドの軌道修正を図ろうとしました。
しかし、
今回は結果が出せたとは言い難く、
今はただ、
来年の活動に期待するしかありません。
「組曲 神曲」などを完成させたバンドなのですから、
忘年会の宴会バンドで終わるのではなく、
もっと自分達の世界を大事にすべきだし、
その完成度を高めることに注力すべきだと思うのです。
なぜなら、
聴衆はそれを期待しており、
たとえ一人でも、
我々を見に来ているお客さんがいる以上、
バンドはその期待に応えるべきだと思うからです。
来年は“硬派”復活ですよ。(笑)
昨年に増して活動が停滞し、
また私自身の、
バンドに対するモチベーションが低下したおかげで、
公式ライブはまたもや、
年末恒例の、
「中央大学軽音楽同好会OB忘年会」のみ
となってしまいました。
しかし、
どんな年であれ、
最低1回はライブが予定されているというのは、
たいへんありがたいことだといえます。
たとえどんな状態であれ、
ライブはその年の姿を克明に映し出します。
さて今年は、
どのような姿が記録されたのでしょうか。
date:2008.12.6
place:「吉祥寺 曼陀羅2」
1, ROCK'N' ROLL SUICIDE(DAVID BOWIE/初演)
2, ALADDIN SANE(DAVID BOWIE/初演)
3, 組曲 神曲:煉獄編(オリジナル)
4, :地獄編(オリジナル/初演)
5, :天国編(オリジナル/初演)
6,20TH CENTURY BOY(T.REX/初演)
活動が停滞していたにもかかわらず、当日演奏した6曲中5曲が初演という、メンバー自身も驚く結果となったが、やはりリハーサル不足と各曲の消化不良は否めず、納得のいく演奏を披露することはできなかった。
1曲目、2曲目はデヴィッド・ボウイのナンバーだが、かなりの異色作。とくに「ALADDIN SANE」はアヴァンギャルドな面が強調されており、新境地開拓か?と期待されたが、単にメチャクチャなだけの荒い演奏に終わってしまった。
アヴァンギャルドがメチャクチャにならないようにするには、それなりの修練が必要であり、そこにはかなり高度な技術とチームワークが必要だということを痛感した。1970年代のマイルス・デイヴィス・グループなどでは、それぞれの演奏者が他の音をよく聴いていることがわかるが、それは簡単にできることではない。
3曲目の「神曲 煉獄編」は昨年初演だった、ダンテの「神曲」にインスパイアされた曲。そこで予告したように、今年はこの曲の続編として「地獄編」と「天国編」が完成し、初めてフルヴァージョンを披露することができた。
今年一番の収穫は、この三部作が完成したことで、ここに至って我々のオリジナリティは完成されたものと思われたが、メンバー全員が同じように認識していたかどうかはわからない。
6曲目の「20TH CENTURY BOY」は今年を象徴する1曲ということで、女性コーラス隊2名を加えてにぎやかに盛り上げた。この曲については、私とヴォーカルのmarcさんは20歳前後の時期に演奏したことがあり、昔を知っている仲間から「このリフはよく似合うよね、matsuZACK節ってヤツかな?」などと言われてしまった。たしかに…、このリフは得意である。
さて結果的に、
演奏という具体的な形になったことで、
私の中にあった、
バンドに対するモヤモヤがはっきりとしました。
それは、
ここ数年、
活動の場がこの身内の忘年会に限られたことによって、
無意識のうちに、
何を表現するかではなく、
いかにしてウケルか、
いかにして人目を惹くかに、
注力するようになっていたということです。
その結果、
我々の個性であった、
都会的で、
ストイックなまでにクールな、
そしてどことなく退廃的な音と、
相対する要素が少しずつ大きくなり、
昨年あたりから、
全体的なバランスを崩すようになっていたのです。
どうやら、
それが私には、
たまらなく居心地の悪いものであったようです。
私は今年の後半になって、
なんとなくそのことに気づき、
今回の選曲にデヴィッド・ボウイのナンバーを加え、
原点回帰することで、
バンドの軌道修正を図ろうとしました。
しかし、
今回は結果が出せたとは言い難く、
今はただ、
来年の活動に期待するしかありません。
「組曲 神曲」などを完成させたバンドなのですから、
忘年会の宴会バンドで終わるのではなく、
もっと自分達の世界を大事にすべきだし、
その完成度を高めることに注力すべきだと思うのです。
なぜなら、
聴衆はそれを期待しており、
たとえ一人でも、
我々を見に来ているお客さんがいる以上、
バンドはその期待に応えるべきだと思うからです。
来年は“硬派”復活ですよ。(笑)
★2008/11/30 (Sun)
私的ロック評論シリーズの第7弾です。
第7回は、
『JEFF BECK GROUP』です。
『ジェフ・ベック・グループ/JEFF BECK GROUP』
(通称:『オレンジ』)
(1972年発表)
SDE1
1.アイスクリーム・ケーキ
(Ice Cream Cakes)
2.グラッド・オール・オーヴァー
(Glad All Over)
3.今宵はきみと
(Tonight I'll Be Staying Here With You)
4.シュガー・ケイン
(Sugar Cane)
5.帰らぬ愛
(I Can't Give Back The Love I Feel For You)
SIDE2
6.ゴーイング・ダウン
(Going Down)
7.アイ・ガット・トゥ・ハヴ・ア・ソング
(I Got To Have A Song)
8.ハイウェイズ
(Highways)
9.デフィニットリー・メイビー
(Definitely Maybe)
リッチー・ブラックモアに触発され、
エキセントリックなテクニシャンを目指すようになったものの、
コーラスワークに挫折して、
ユーライア・ヒープ的バンドサウンドをあきらめた私でしたが、
高校生活の半ばにして、
もうひとつ大きな挫折を味わうことになりました。
それは、
ハードロック系ギタリストのテクニックが、
飛躍的に向上したことによるものでした。
私が高校2年の頃、
ハードロック・シーンにおける
重要な作品が続々と発表されましたが、
とくに、
スコーピオンズの『蠍団爆発/Tokyo Tapes』、
そして、
ヴァン・ヘイレンのデビューアルバムは
大きな話題になりました。
スコーピオンズについては、
スタジオ盤ではわからなかった、
ウルリッヒ・ロスの存在が、
来日公演をきっかけとして明らかになり、
その驚異的なテクニックと
圧倒的な破壊力が注目されるようになりました。
ヴァン・ヘイレンのデビューアルバムも同様で、
エディ・ヴァン・ヘイレンは、
ライトハンド奏法という新たな分野を開拓しただけでなく、
その明るく破天荒なキャラクターが、
時代が生んだヒーローというイメージで、
“将来の大物”を予感させるに
十分な存在感を示していました。
両者ともストラト・プレイヤーで、
それまでのテクニシャンとは一線を画する、
群を抜いた技術を持っている点が共通していました。
私はここで、
ハードロック系ギタリストのテクニックが、
大きくレベルアップしたことを実感したのです。
そして私は、
スコーピオンズが発表した、
『暴虐の蠍団/Taken By Force』収録の、
「カロンの渡し守」という曲で、
再現不可能な個所に遭遇し、
そこで悪戦苦闘している最中に、
ヴァン・ヘイレンのセカンドアルバムが発表され、
「うわぁ〜もうついていけねぇ〜っ」
という状況に陥ってしまったのでした。
私にとって、
“機械的に速く弾く”、
という分野の技術は、
どうやら、
このへんが限界だったようです。
いずれにしても私は、
世界のトップがこのレベルである以上、
この上を狙うことが不可能となれば、
別の切り口を探さねばならない、
と真剣に考えたのでありました。
そんなときに出会ったのが、
このアルバム、
『ジェフ・ベック・グループ』です。
ジェフ・ベックについてはすでに、
『ブロウ・バイ・ブロウ』を持っており、
(当時は『ギター殺人者の凱旋』という
トンデモナイ邦題がついていました…)
すでにそのサウンドを耳にしていたのですが、
折り悪く、
当時はフュージョンブームの最盛期であり、
どうもそのフュージョンっぽいサウンドに馴染めず、
それほど聴き込んでいない状態でした。
『ジェフ・ベック・グループ』は、
『ブロウ・バイ・ブロウ』へつながる作品であり、
基本的なサウンドコンセプトはよく似ています。
しかし、
このアルバムは、
スタンスをハードロックに置いてあるため、
当時の私には親しみやすかったのです。
私は初めて、
16ビート系のリズムとマトモに向き合うことになりました。
そして最終的に、
「アイ・ガット・トゥ・ハヴ・ア・ソング」のような、
リズムカッティングのおもしろさにハマってしまったのです。
私はこのアルバムをきっかけとして、
スティービー・ワンダーや
ブッカーT&MG’Sのアルバムを聴くようになり、
自分にはブルースよりも、
ソウルやファンクの方が相性がいいということを
確信するに至るのでした。
16ビートのカッティングをカッコよくキメたいっ…。
アルバムは、
文句なくカッコイイ、
「アイスクリーム・ケーキ」や
「ゴーイング・ダウン」…。
『ブロウ・バイ・ブロウ』を予感させるに十分な、
「帰らぬ愛」、「デフィニットリー・メイビー」…。
16ビートがズンズンとくる、
「グラッド・オール・オーヴァー」、
「アイ・ガット・トゥ・ハヴ・ア・ソング」、
「ハイウェイズ」…。
名曲がズラリと並んでいて、
何度聴いても飽きることがありません。
そういえば、
今でも、
「今宵はきみと」を演奏することがあり、
そういう意味では、
“私の人生を変えたアルバム”というより、
“ずっと私の側で支えてくれたアルバム”、
と表現した方が適切かもしれません。
作品全編にちりばめられた、
エレピのジャズっぽい響きがオシャレで、
ここから私は、
あまりギターでは使わない、
テンションコードに興味を持つようになりました。
この後、
『ブロウ・バイ・ブロウ』に対する、
認識が改まったことは言うまでもありませんが、
さらに、
スタンリー・クラークを連れた、
ジェフ・ベックの来日公演を見て、
私は彼を、
“師匠”として崇拝するに至るのです。
そして、
私の音楽人生においては、
この後、
さらに重要な作品と出会うことで、
現在の自分のスタイルが確立されることになるのですが、
その作品については、
次回ということにしましょう。
あらためて、
本当にスゴい作品です。
36年も前の作品か…これがっ!
第7回は、
『JEFF BECK GROUP』です。
『ジェフ・ベック・グループ/JEFF BECK GROUP』
(通称:『オレンジ』)
(1972年発表)
SDE1
1.アイスクリーム・ケーキ
(Ice Cream Cakes)
2.グラッド・オール・オーヴァー
(Glad All Over)
3.今宵はきみと
(Tonight I'll Be Staying Here With You)
4.シュガー・ケイン
(Sugar Cane)
5.帰らぬ愛
(I Can't Give Back The Love I Feel For You)
SIDE2
6.ゴーイング・ダウン
(Going Down)
7.アイ・ガット・トゥ・ハヴ・ア・ソング
(I Got To Have A Song)
8.ハイウェイズ
(Highways)
9.デフィニットリー・メイビー
(Definitely Maybe)
リッチー・ブラックモアに触発され、
エキセントリックなテクニシャンを目指すようになったものの、
コーラスワークに挫折して、
ユーライア・ヒープ的バンドサウンドをあきらめた私でしたが、
高校生活の半ばにして、
もうひとつ大きな挫折を味わうことになりました。
それは、
ハードロック系ギタリストのテクニックが、
飛躍的に向上したことによるものでした。
私が高校2年の頃、
ハードロック・シーンにおける
重要な作品が続々と発表されましたが、
とくに、
スコーピオンズの『蠍団爆発/Tokyo Tapes』、
そして、
ヴァン・ヘイレンのデビューアルバムは
大きな話題になりました。
スコーピオンズについては、
スタジオ盤ではわからなかった、
ウルリッヒ・ロスの存在が、
来日公演をきっかけとして明らかになり、
その驚異的なテクニックと
圧倒的な破壊力が注目されるようになりました。
ヴァン・ヘイレンのデビューアルバムも同様で、
エディ・ヴァン・ヘイレンは、
ライトハンド奏法という新たな分野を開拓しただけでなく、
その明るく破天荒なキャラクターが、
時代が生んだヒーローというイメージで、
“将来の大物”を予感させるに
十分な存在感を示していました。
両者ともストラト・プレイヤーで、
それまでのテクニシャンとは一線を画する、
群を抜いた技術を持っている点が共通していました。
私はここで、
ハードロック系ギタリストのテクニックが、
大きくレベルアップしたことを実感したのです。
そして私は、
スコーピオンズが発表した、
『暴虐の蠍団/Taken By Force』収録の、
「カロンの渡し守」という曲で、
再現不可能な個所に遭遇し、
そこで悪戦苦闘している最中に、
ヴァン・ヘイレンのセカンドアルバムが発表され、
「うわぁ〜もうついていけねぇ〜っ」
という状況に陥ってしまったのでした。
私にとって、
“機械的に速く弾く”、
という分野の技術は、
どうやら、
このへんが限界だったようです。
いずれにしても私は、
世界のトップがこのレベルである以上、
この上を狙うことが不可能となれば、
別の切り口を探さねばならない、
と真剣に考えたのでありました。
そんなときに出会ったのが、
このアルバム、
『ジェフ・ベック・グループ』です。
ジェフ・ベックについてはすでに、
『ブロウ・バイ・ブロウ』を持っており、
(当時は『ギター殺人者の凱旋』という
トンデモナイ邦題がついていました…)
すでにそのサウンドを耳にしていたのですが、
折り悪く、
当時はフュージョンブームの最盛期であり、
どうもそのフュージョンっぽいサウンドに馴染めず、
それほど聴き込んでいない状態でした。
『ジェフ・ベック・グループ』は、
『ブロウ・バイ・ブロウ』へつながる作品であり、
基本的なサウンドコンセプトはよく似ています。
しかし、
このアルバムは、
スタンスをハードロックに置いてあるため、
当時の私には親しみやすかったのです。
私は初めて、
16ビート系のリズムとマトモに向き合うことになりました。
そして最終的に、
「アイ・ガット・トゥ・ハヴ・ア・ソング」のような、
リズムカッティングのおもしろさにハマってしまったのです。
私はこのアルバムをきっかけとして、
スティービー・ワンダーや
ブッカーT&MG’Sのアルバムを聴くようになり、
自分にはブルースよりも、
ソウルやファンクの方が相性がいいということを
確信するに至るのでした。
16ビートのカッティングをカッコよくキメたいっ…。
アルバムは、
文句なくカッコイイ、
「アイスクリーム・ケーキ」や
「ゴーイング・ダウン」…。
『ブロウ・バイ・ブロウ』を予感させるに十分な、
「帰らぬ愛」、「デフィニットリー・メイビー」…。
16ビートがズンズンとくる、
「グラッド・オール・オーヴァー」、
「アイ・ガット・トゥ・ハヴ・ア・ソング」、
「ハイウェイズ」…。
名曲がズラリと並んでいて、
何度聴いても飽きることがありません。
そういえば、
今でも、
「今宵はきみと」を演奏することがあり、
そういう意味では、
“私の人生を変えたアルバム”というより、
“ずっと私の側で支えてくれたアルバム”、
と表現した方が適切かもしれません。
作品全編にちりばめられた、
エレピのジャズっぽい響きがオシャレで、
ここから私は、
あまりギターでは使わない、
テンションコードに興味を持つようになりました。
この後、
『ブロウ・バイ・ブロウ』に対する、
認識が改まったことは言うまでもありませんが、
さらに、
スタンリー・クラークを連れた、
ジェフ・ベックの来日公演を見て、
私は彼を、
“師匠”として崇拝するに至るのです。
そして、
私の音楽人生においては、
この後、
さらに重要な作品と出会うことで、
現在の自分のスタイルが確立されることになるのですが、
その作品については、
次回ということにしましょう。
あらためて、
本当にスゴい作品です。
36年も前の作品か…これがっ!
★2008/11/23 (Sun)
今回は、
ユーライア・ヒープの
凄腕ベーシストたちを話題にしたタイミングなので、
いままで文字にすることのなかった、
私が好きなベーシストたちについて、
語ってみたいと思います。
〓ジョン・エントウィッスル(ザ・フー)
〓クリス・スクワイア(イエス)
〓ゲディ・リー(ラッシュ)
いわゆる、
“ゴリゴリ、ドリドリン”派です。
もし、
私がベースを弾いたら、
間違いなく、
このように弾くことでしょう。
ジョン・エントウィッスルについては、
フレーズのみならず、
音色が素晴らしいですね。
彼は生前、
弦高を極限まで下げて、
他のフレットにビビる音が好きだ、
と語っておりましたが、
そのまま普通にやっても、
こんなに綺麗に鳴らすことは、
なかなかできないでしょう。
それから、
薄笑いを浮かべながら、
物凄いプレイをする、
いかにも“不良っ”というたたずまいも、
素晴らしいですね。
クリス・スクワイアは、
ジョン・エントウィッスルに影響を受けたということですが、
私が好きなのは、
ビル・ブラッフォードとのコンビネーションで
変拍子をビシバシと決める瞬間。
アルバム『こわれもの』のプレイです。
じつは彼は、
イエスの影のリーダーだったようで、
たしかに、
あのベースがなくなるとイエスじゃない、
ということになりますね。
それにしても、
イエスのコピーバンドをやるなら、
ギターよりベースをやりたいなぁ。
ゲディ・リーも、
系統的には先の2人とまったく同じですが、
この方は、
歌は歌うは鍵盤は弾くはで、
実に多才というか、
大道芸的な技術の持ち主です。
私は20歳前後の時期に、
トリオこそロックバンドの理想形、
などと考えていたことがあり、
彼のようなベーシストがいないものか、
とマジで探したことがありました。
ラッシュのプレイは、
かなり“ゴリゴリ、ドリドリン”度が高いのですが、
この人はピックを使わず、
指オンリーなんですね。
もっとも、
そうでなければ、
いきなり鍵盤を押さえることができないわけで、
当たり前といえば当たり前のことですが…。
というわけで、
私は「リッケンバッカー♯4001」ベースが好きです。
もっとも実際に弾いてみたら、
弾きにくいわ、
音はボワンボワンだわで、
ダメだこりゃ状態でしたが…ね。
〓パーシー・ジョーンズ(ブランドX)
〓ミック・カーン(ジャパン)
〓ジャコ・パストリアス
“ゴリゴリ、ドリドリン”の一方で、
フレットレスベースの
摩訶不思議さと色気も捨てがたいですね。
パーシー・ジョーンズは、
露骨にジャズっぽくなく、
クールで陰影に富んでいるところがGOODです。
ブランドXの『ライブストック』は、
まさに恰好のサンプルですが、
それでいて、
とつぜんファンキーになったり、
ジャズっぽくなったり、
基本的にはかなり器用な方のようです。
ブランドXは、
クロスオーバーやフュージョンに対する、
イギリスからの回答ということで、
そのいかにも英国人らしい気質もGOODですね。
ミック・カーン、
この“ぶび、ぶばっ、みょ〜ん”の、
金魚男のプレイにブッ飛んだのは、
「孤独の影」のPVを見て以来で、
たしか以前はこんな感じではなかったようですが、
このへんからはかなりイッていて、
たいへんGOODです。
彼は、
前述のパーシー・ジョーンズを
敬愛しているということですが、
ソロ・アルバムなどを聴くと、
パーシーほど柔軟な曲展開ではなく、
ゴツゴツとした彫刻のような、
(そういえば、彫刻家でもありましたな…)
断片的でコラージュっぽい曲に特徴があり、
それが、
“ぶびっ、ぶぱっ、みょ〜ん”と、
音の隙間と
フレットレスならではの気持ち悪さを生かした音に、
たいへんマッチしているといえるでしょう。
ソロアルバム『BESTIAL CLUSTER』はサイコーです。
で…、
ベタですが、
やはりジャコ・パストリアスは素晴らしい。
ただ私としては、
彼の場合ソロよりも、
バンド形態の作品の方がいいと思います。
それは、
彼のベースの持ち味は、
主旋律にうまく寄り添ったときに、
信じられない程美しい空間が演出できる点
だと思うからです。
そう考えると、
パット・メセニーのファーストアルバムや
ウェザー・リポートの諸作品がGOOD、
ということになるのでしょう。
〓ジョン・ポール・ジョーンズ(レッド・ツェッペリン)
まぁ…フツーに考えて、
ギタリストから見れば、
この人は理想のベーシストでしょうね。
鍵盤を扱えて、
弦のアレンジができて、
その上、
肝心のベースプレイは文句のつけようがない、
ときているわけですから。
少々性格が悪くても…ねぇ。
(べつに、ジョンジーの性格が悪い、
とは言ってませんよ)
彼のベーシストとしての力量は、
ライブ時によく表れるようで、
映画『永遠の詩』のタイトル曲の後半で、
さりげなく、
下の方から全体を盛り上げるあたりなど、
やはりタダ者ではないな、
と唸ってしまいますね。
というわけで、
フェンダー・ジャズベースも大好きです。
このベースはネックが細くて弾きやすいですね。
ギタリスト向けのベース。
〓ビル・ワイマン(ローリング・ストーンズ)
じつは私、
キースの次に好きなストーンズのメンバーが彼で、
ルックスもさることながら、
その、
ミョーなところで顔を出すベースも
かなりイケてると思うのです。
「サティスファクション」や
「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のイントロは、
ギターだけでやってもあの感じは出ません。
ギターの後ろで妖しく自己主張する、
あのベースのフレーズがないと、
リフの威力が半減してしまうんですね。
〓ルイズルイス加部
日本人では、
この方を置いて他にいないですね。
その圧倒的な存在感と、
誰にも真似のできないプレイ。
私には、
ゴールデン・カップスの「銀色のグラス」を
初めて聴いたときの衝撃が忘れられません。
デイブ平尾が、
「♪ぎ、ん、い、ろの、ぐらす〜にっ」と歌う後ろで、
エディ藩のギターより速く、
ドリドリドリンとくるその破壊力たるや…。
とはいえ、
曲の雰囲気を壊すまでには至らない、
センスはたいしたものだと思います。
感覚派でしょうね。
CHARとやっていた最後の頃は、
まさに緩急自在のプレイで、
表情も、
悟りの境地のようになっていて、
神々しいばかりの存在になっていました。
もう、ベースは弾かないのでしょうか。
残念なことです。
もうひとり挙げると、
ちょうど10人になるのですが、
もうひとりがドングリの背比べなので、
ここでやめておきましょう。
ベーシストは低音担当ではなく、
1曲まるまるリードギターを弾いている、
と言った先輩がおりましたが、
まさにその通りだと思います。
だから、
プレイヤーもそういう人が多いのです。
けっこうみんな、
自分が主役だと思っているからなぁ…。
ユーライア・ヒープの
凄腕ベーシストたちを話題にしたタイミングなので、
いままで文字にすることのなかった、
私が好きなベーシストたちについて、
語ってみたいと思います。
〓ジョン・エントウィッスル(ザ・フー)
〓クリス・スクワイア(イエス)
〓ゲディ・リー(ラッシュ)
いわゆる、
“ゴリゴリ、ドリドリン”派です。
もし、
私がベースを弾いたら、
間違いなく、
このように弾くことでしょう。
ジョン・エントウィッスルについては、
フレーズのみならず、
音色が素晴らしいですね。
彼は生前、
弦高を極限まで下げて、
他のフレットにビビる音が好きだ、
と語っておりましたが、
そのまま普通にやっても、
こんなに綺麗に鳴らすことは、
なかなかできないでしょう。
それから、
薄笑いを浮かべながら、
物凄いプレイをする、
いかにも“不良っ”というたたずまいも、
素晴らしいですね。
クリス・スクワイアは、
ジョン・エントウィッスルに影響を受けたということですが、
私が好きなのは、
ビル・ブラッフォードとのコンビネーションで
変拍子をビシバシと決める瞬間。
アルバム『こわれもの』のプレイです。
じつは彼は、
イエスの影のリーダーだったようで、
たしかに、
あのベースがなくなるとイエスじゃない、
ということになりますね。
それにしても、
イエスのコピーバンドをやるなら、
ギターよりベースをやりたいなぁ。
ゲディ・リーも、
系統的には先の2人とまったく同じですが、
この方は、
歌は歌うは鍵盤は弾くはで、
実に多才というか、
大道芸的な技術の持ち主です。
私は20歳前後の時期に、
トリオこそロックバンドの理想形、
などと考えていたことがあり、
彼のようなベーシストがいないものか、
とマジで探したことがありました。
ラッシュのプレイは、
かなり“ゴリゴリ、ドリドリン”度が高いのですが、
この人はピックを使わず、
指オンリーなんですね。
もっとも、
そうでなければ、
いきなり鍵盤を押さえることができないわけで、
当たり前といえば当たり前のことですが…。
というわけで、
私は「リッケンバッカー♯4001」ベースが好きです。
もっとも実際に弾いてみたら、
弾きにくいわ、
音はボワンボワンだわで、
ダメだこりゃ状態でしたが…ね。
〓パーシー・ジョーンズ(ブランドX)
〓ミック・カーン(ジャパン)
〓ジャコ・パストリアス
“ゴリゴリ、ドリドリン”の一方で、
フレットレスベースの
摩訶不思議さと色気も捨てがたいですね。
パーシー・ジョーンズは、
露骨にジャズっぽくなく、
クールで陰影に富んでいるところがGOODです。
ブランドXの『ライブストック』は、
まさに恰好のサンプルですが、
それでいて、
とつぜんファンキーになったり、
ジャズっぽくなったり、
基本的にはかなり器用な方のようです。
ブランドXは、
クロスオーバーやフュージョンに対する、
イギリスからの回答ということで、
そのいかにも英国人らしい気質もGOODですね。
ミック・カーン、
この“ぶび、ぶばっ、みょ〜ん”の、
金魚男のプレイにブッ飛んだのは、
「孤独の影」のPVを見て以来で、
たしか以前はこんな感じではなかったようですが、
このへんからはかなりイッていて、
たいへんGOODです。
彼は、
前述のパーシー・ジョーンズを
敬愛しているということですが、
ソロ・アルバムなどを聴くと、
パーシーほど柔軟な曲展開ではなく、
ゴツゴツとした彫刻のような、
(そういえば、彫刻家でもありましたな…)
断片的でコラージュっぽい曲に特徴があり、
それが、
“ぶびっ、ぶぱっ、みょ〜ん”と、
音の隙間と
フレットレスならではの気持ち悪さを生かした音に、
たいへんマッチしているといえるでしょう。
ソロアルバム『BESTIAL CLUSTER』はサイコーです。
で…、
ベタですが、
やはりジャコ・パストリアスは素晴らしい。
ただ私としては、
彼の場合ソロよりも、
バンド形態の作品の方がいいと思います。
それは、
彼のベースの持ち味は、
主旋律にうまく寄り添ったときに、
信じられない程美しい空間が演出できる点
だと思うからです。
そう考えると、
パット・メセニーのファーストアルバムや
ウェザー・リポートの諸作品がGOOD、
ということになるのでしょう。
〓ジョン・ポール・ジョーンズ(レッド・ツェッペリン)
まぁ…フツーに考えて、
ギタリストから見れば、
この人は理想のベーシストでしょうね。
鍵盤を扱えて、
弦のアレンジができて、
その上、
肝心のベースプレイは文句のつけようがない、
ときているわけですから。
少々性格が悪くても…ねぇ。
(べつに、ジョンジーの性格が悪い、
とは言ってませんよ)
彼のベーシストとしての力量は、
ライブ時によく表れるようで、
映画『永遠の詩』のタイトル曲の後半で、
さりげなく、
下の方から全体を盛り上げるあたりなど、
やはりタダ者ではないな、
と唸ってしまいますね。
というわけで、
フェンダー・ジャズベースも大好きです。
このベースはネックが細くて弾きやすいですね。
ギタリスト向けのベース。
〓ビル・ワイマン(ローリング・ストーンズ)
じつは私、
キースの次に好きなストーンズのメンバーが彼で、
ルックスもさることながら、
その、
ミョーなところで顔を出すベースも
かなりイケてると思うのです。
「サティスファクション」や
「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のイントロは、
ギターだけでやってもあの感じは出ません。
ギターの後ろで妖しく自己主張する、
あのベースのフレーズがないと、
リフの威力が半減してしまうんですね。
〓ルイズルイス加部
日本人では、
この方を置いて他にいないですね。
その圧倒的な存在感と、
誰にも真似のできないプレイ。
私には、
ゴールデン・カップスの「銀色のグラス」を
初めて聴いたときの衝撃が忘れられません。
デイブ平尾が、
「♪ぎ、ん、い、ろの、ぐらす〜にっ」と歌う後ろで、
エディ藩のギターより速く、
ドリドリドリンとくるその破壊力たるや…。
とはいえ、
曲の雰囲気を壊すまでには至らない、
センスはたいしたものだと思います。
感覚派でしょうね。
CHARとやっていた最後の頃は、
まさに緩急自在のプレイで、
表情も、
悟りの境地のようになっていて、
神々しいばかりの存在になっていました。
もう、ベースは弾かないのでしょうか。
残念なことです。
もうひとり挙げると、
ちょうど10人になるのですが、
もうひとりがドングリの背比べなので、
ここでやめておきましょう。
ベーシストは低音担当ではなく、
1曲まるまるリードギターを弾いている、
と言った先輩がおりましたが、
まさにその通りだと思います。
だから、
プレイヤーもそういう人が多いのです。
けっこうみんな、
自分が主役だと思っているからなぁ…。
★2008/11/16 (Sun)
ヴォーカリストは、
バンドの音数が多くなり、
和声構造が複雑になった場合に、
キーやメロディラインを確認し、
曲がどこまで進んでいるのかを判断するために、
ベースのフレーズを追うそうです。
前回、
“私が、
バンドにおけるベーシストの重要性に気がついたのは、
ユーライア・ヒープが最初でした。”
と語りましたが、
ヒープのように、
ギターとキーボードがいる上に、
3〜4声のヴォーカルハーモニーが加わった、
非常に分厚い音の構成では、
まさにこの通りであり、
曲を導くベーシストの役割が重要です。
今回は、
そんなヒープ歴代のベーシストに焦点を当て、
その凄腕ぶりについて、
語ってみたいと思います。
〓ポール・ニュートン
初代ベーシストのポール・ニュートンは、
ヒープのマネジャーの息子で、
ブロンズ・レコーズとの契約後のゴタゴタの結果、
親子そろってバンドから追われることになりました。
あまり注目されることのない存在ですが、
名作『対自核』は彼のプレイであり、
「自由への道(I Wanna Be Free)」などで、
かなり暴れるベースを披露しております。
私が驚いたのは、
『悪魔と魔法使い』がCD化された際に
ボーナストラックとして収録された、
「Why」という未発表曲を聴いたときで、
最初から最後までブリブリ弾きまくる、
そのあまりの凄腕ぶりに身震いした程です。
この曲を聴くと、
ベーシストが曲を導くヒープ・スタイルが、
すでにポール・ニュートンの段階で
完成していたことがよくわかります。
〓マーク・クラーク
前述のポール・ニュートンが脱退し、
ゲイリー・セインが加入するまでのほんの短い期間、
在籍していたのが、
元コロシアムのマーク・クラークです。
『悪魔と魔法使い』の1曲目、
「魔法使い」は、
彼のインスピレーションによる曲といわれています。
マーク・クラークはベーシストというよりも、
サウンド・コーディネーター的な要素が強く、
『悪魔と魔法使い』の基本コンセプトは、
そんな彼の影響による部分が大きかったそうです。
ただ、
この時期は精神的に不安定で、
すぐにバンドを脱退してしまいました。
おかげで、
ユーライア・ヒープでの録音は残っておりません。
私が好きなのは、
彼がヒープ脱退後に、
コロシアム時代の親分、
ジョン・ハイズマン(Ds)と結成した、
テンペストのファースト・アルバム。
あのアラン・ホールズワースが参加していることで有名な、
あの作品です。
これを聴くと、
マーク・クラークが凄腕であり、
あちこちの有名バンドから声をかけられた理由がよくわかります。(そういえば、レインボーにも、ほんの短期間だけいたことが…)
ホールズワースのプレイも最高なので、
ぜひ聴いてみてください。
〓ゲイリー・セイン
この方がどれだけ凄腕であったかについては、
いまさら言うことがないので、
今回は割愛しますが、
かつて『web-magazine GYAN GYAN』で、
“ナビゲーター役は、ベースだ。
その緻密な音の中で神々しい光を放ち、
それでいてバンド・サウンドからはみ出すことなく、
聴き手に訴えかけてくる。
そのトーンは、我々を天上へと誘う。
ゲイリー・セインは、モーゼのような存在だ。”
と語ったことがすべてを表現しているでしょう。
ただ、
この方は、
人間的にはそれほど神々しくなかったのか、
かなりのヤク中だったようで、
それがために感電事故が命取りになってしまったという、
“ロケンロール”な生き方をなさっており、
そこがまた、
たまらなく魅力的だったりするのです。
そんなことで、
ベースプレイ以外の部分で、
もっと掘り下げてくれたら、
と願う次第です。
伝記が出版されたら、
少なくとも2冊は売れるでしょう。
〓ジョン・ウェットン
1974年にゲイリー・セインが脱退した後に、
また、
とんでもない“大物”を持ってきたものです。
ジョン・ウェットンがどれほどの凄腕であったかについては、
これまたいまさら語るまでもありませんが、
キング・クリムゾンの未発表ライブが出るたびに、
あのロバート・フリップが、
「ジョン・ウェットンこそ、英国No1のベーシストである」
と言っていたことを痛感する次第です。
とくに、
『Live at the Amsterdam Concertgebouw November 23rd 1973』
は鳥肌モノでっす。
おもしろいのは、
キング・クリムゾン解散後の、
ヒープでもロキシー・ミュージックでも、
きっちりバンドサウンドにおさまっていて、
暴れたプレイをしていないことです。
クリムゾンでヤリ尽くしたのでしょうか。
〓トレバー・ボルダー
ジョン・ウェットン脱退後の1977年から、
(たしか)ずっと在籍していた(?)のが、
元デヴィッド・ボウイのスパイダー・フロム・マースにいた、
トレバー・ボルダーです。
スパイダー・フロム・マースなどというと、
多分にアイドル的なイメージがありますが、
とんでもない。
ミック・ロンソンといい、
この人といい、
なかなかどうして、
かなりの凄腕ミュージシャンであります。
トレバー・ボルダーのベースは、
パワフルで、
ビートをビンビン感じさせてくれる、
強引な心地よさがあります。
(「アラジン・セイン」の妖しさも好きですが)
スパイダー・フロム・マースの
来日公演を見た人に話を聞くと、
もっとも意外だったのが、
トレバー・ボルダーのベースのスゴさだったようで、
そういう意味では、
おさまるべき場所におさまった、
ということなのでしょうか。
さて、
ユーライア・ヒープ歴代のベーシストについて、
振り返ってみましたが、
同じようにベーシストが安定しなかったバンドとして、
ロキシー・ミュージックがあるわけですが、
こちらの事情はいかなるものであったのか、
ふと考えてしまった私です。
バンドの音数が多くなり、
和声構造が複雑になった場合に、
キーやメロディラインを確認し、
曲がどこまで進んでいるのかを判断するために、
ベースのフレーズを追うそうです。
前回、
“私が、
バンドにおけるベーシストの重要性に気がついたのは、
ユーライア・ヒープが最初でした。”
と語りましたが、
ヒープのように、
ギターとキーボードがいる上に、
3〜4声のヴォーカルハーモニーが加わった、
非常に分厚い音の構成では、
まさにこの通りであり、
曲を導くベーシストの役割が重要です。
今回は、
そんなヒープ歴代のベーシストに焦点を当て、
その凄腕ぶりについて、
語ってみたいと思います。
〓ポール・ニュートン
初代ベーシストのポール・ニュートンは、
ヒープのマネジャーの息子で、
ブロンズ・レコーズとの契約後のゴタゴタの結果、
親子そろってバンドから追われることになりました。
あまり注目されることのない存在ですが、
名作『対自核』は彼のプレイであり、
「自由への道(I Wanna Be Free)」などで、
かなり暴れるベースを披露しております。
私が驚いたのは、
『悪魔と魔法使い』がCD化された際に
ボーナストラックとして収録された、
「Why」という未発表曲を聴いたときで、
最初から最後までブリブリ弾きまくる、
そのあまりの凄腕ぶりに身震いした程です。
この曲を聴くと、
ベーシストが曲を導くヒープ・スタイルが、
すでにポール・ニュートンの段階で
完成していたことがよくわかります。
〓マーク・クラーク
前述のポール・ニュートンが脱退し、
ゲイリー・セインが加入するまでのほんの短い期間、
在籍していたのが、
元コロシアムのマーク・クラークです。
『悪魔と魔法使い』の1曲目、
「魔法使い」は、
彼のインスピレーションによる曲といわれています。
マーク・クラークはベーシストというよりも、
サウンド・コーディネーター的な要素が強く、
『悪魔と魔法使い』の基本コンセプトは、
そんな彼の影響による部分が大きかったそうです。
ただ、
この時期は精神的に不安定で、
すぐにバンドを脱退してしまいました。
おかげで、
ユーライア・ヒープでの録音は残っておりません。
私が好きなのは、
彼がヒープ脱退後に、
コロシアム時代の親分、
ジョン・ハイズマン(Ds)と結成した、
テンペストのファースト・アルバム。
あのアラン・ホールズワースが参加していることで有名な、
あの作品です。
これを聴くと、
マーク・クラークが凄腕であり、
あちこちの有名バンドから声をかけられた理由がよくわかります。(そういえば、レインボーにも、ほんの短期間だけいたことが…)
ホールズワースのプレイも最高なので、
ぜひ聴いてみてください。
〓ゲイリー・セイン
この方がどれだけ凄腕であったかについては、
いまさら言うことがないので、
今回は割愛しますが、
かつて『web-magazine GYAN GYAN』で、
“ナビゲーター役は、ベースだ。
その緻密な音の中で神々しい光を放ち、
それでいてバンド・サウンドからはみ出すことなく、
聴き手に訴えかけてくる。
そのトーンは、我々を天上へと誘う。
ゲイリー・セインは、モーゼのような存在だ。”
と語ったことがすべてを表現しているでしょう。
ただ、
この方は、
人間的にはそれほど神々しくなかったのか、
かなりのヤク中だったようで、
それがために感電事故が命取りになってしまったという、
“ロケンロール”な生き方をなさっており、
そこがまた、
たまらなく魅力的だったりするのです。
そんなことで、
ベースプレイ以外の部分で、
もっと掘り下げてくれたら、
と願う次第です。
伝記が出版されたら、
少なくとも2冊は売れるでしょう。
〓ジョン・ウェットン
1974年にゲイリー・セインが脱退した後に、
また、
とんでもない“大物”を持ってきたものです。
ジョン・ウェットンがどれほどの凄腕であったかについては、
これまたいまさら語るまでもありませんが、
キング・クリムゾンの未発表ライブが出るたびに、
あのロバート・フリップが、
「ジョン・ウェットンこそ、英国No1のベーシストである」
と言っていたことを痛感する次第です。
とくに、
『Live at the Amsterdam Concertgebouw November 23rd 1973』
は鳥肌モノでっす。
おもしろいのは、
キング・クリムゾン解散後の、
ヒープでもロキシー・ミュージックでも、
きっちりバンドサウンドにおさまっていて、
暴れたプレイをしていないことです。
クリムゾンでヤリ尽くしたのでしょうか。
〓トレバー・ボルダー
ジョン・ウェットン脱退後の1977年から、
(たしか)ずっと在籍していた(?)のが、
元デヴィッド・ボウイのスパイダー・フロム・マースにいた、
トレバー・ボルダーです。
スパイダー・フロム・マースなどというと、
多分にアイドル的なイメージがありますが、
とんでもない。
ミック・ロンソンといい、
この人といい、
なかなかどうして、
かなりの凄腕ミュージシャンであります。
トレバー・ボルダーのベースは、
パワフルで、
ビートをビンビン感じさせてくれる、
強引な心地よさがあります。
(「アラジン・セイン」の妖しさも好きですが)
スパイダー・フロム・マースの
来日公演を見た人に話を聞くと、
もっとも意外だったのが、
トレバー・ボルダーのベースのスゴさだったようで、
そういう意味では、
おさまるべき場所におさまった、
ということなのでしょうか。
さて、
ユーライア・ヒープ歴代のベーシストについて、
振り返ってみましたが、
同じようにベーシストが安定しなかったバンドとして、
ロキシー・ミュージックがあるわけですが、
こちらの事情はいかなるものであったのか、
ふと考えてしまった私です。